ブリヂストンの最新スタッドレスタイヤ「ブリザックVRX3」
2021年夏にデビューしたブリヂストンのスタッドレスタイヤ「ブリザックVRX3」は、1988年から30年以上にわたり進化してきたブリザックシリーズの11代目にあたる。北海道の試乗会でSUVを4車種、ステーションワゴンを2車種試乗したうえ、スバル「ソルテラ」とトヨタ「クラウンクロスオーバー」のVRX3装着車で都内、上越、北陸と、異なるコンディションの路面も走りこんだ。VRX3の進化ぶりを詳しく解説するとともに、雪道で走りやすいクルマもレポートする。
30年以上にわたりスタッドレスタイヤをリードしてきた「ブリザック」
各地で大雪とのニュースを目にしだすと、またこの季節かと思う。近年は各タイヤメーカーからオールシーズンタイヤも発売されているが、降雪地域では、冬場はスタッドレスタイヤが必需となっているのは、ご承知の通り。
スパイクタイヤの禁止にともない1980年代後半に誕生したスタッドレスタイヤは、性能進化を重ねて今に至るが、ブリヂストンの乗用車用スタッドレスタイヤは、1988年に発売された「ブリザックPM-10/PM-20」から数えて、2021年7月に発売されたブリザックVRX3で11代目となる。
年の功というべきか、私はすべての世代の製品でドライブする機会を得てきたこともあり、その進化度合いを肌で感じてきた。そうしたなかでは、アイス性能に注力しすぎた結果、性能バランスにおいては雪上性能やドライでの操縦安定性を犠牲にしたと感じさせるような製品があったりもしたが、総じてブリザックが、アイス性能ではつねにその時代におけるリーダー的存在であり、いわばベンチマークであり続けてきたことは、多くの人が認めるところだと思う。
アイス性能の進化だけでなく摩耗ライフも向上
歴代ブリザックの最大の特徴は、発泡ゴムの採用にある。ブリザックの進化は、まさに発泡ゴムの進化でもあり、氷でタイヤが滑る最大の要因である接地面に生じる水をいかに多く効率的に吸水するか、の性能進化ともいえる。最新のブリザックVRX3では、発泡ゴムによる水路断面を従来の円形から楕円形に変えたことで、毛細管現象により水を吸い上げるのだそうだ。
そんな話ならば、これまでも思いつきそうなものだが、もともと高度な技術とされるゴムの発泡工程で、楕円形状の水路を求める向きに配置させることは難しいものらしい。
もうひとつ、スタッドレスタイヤのアイス性能の要ともいえるゴムの柔らかさだが、これはもともと発泡ゴムの強みでもあったところに加えて、柔らかさを維持させるポリマーを新たに配合した。これもタイヤメーカー各社が、さまざま配合材等を研究開発し、経年におけるゴムの硬化を防ぐべく採用してきた技術のひとつではあるが、それが何なのかは、どこも企業機密で具体的には知ることができない。当然、ブリヂストンでも、新素材と独自の配合技術、と素っ気ない説明だ。
唯一、われわれが旧製品との違いを明確に知ることができるのはトレッドパターンだが、これもアイス性能を求めれば、接地面積を増やすべく溝の面積を少なくしたいが、そうすると雪でのグリップ力やシャーベット路面での安定性に課題を生じるといった相反する特性のなかで、その最適バランスを求めての改良を繰り返してきた。
VRX3は先代のVRX2から比較して、まず溝面積は少し減っており、この時点でアイス性能をより高めたい意向は明確だ。同時にブロック形状とサイプの形状で、アイス路面でタイヤが滑る要因であるトレッド面に生じる水を接地面から溝へと効率的に流して、かつサイプ内へは水の逆流を防いだという。
そうしたアイス性能の進化に加えて、摩耗性能も高められており、VRX2に対して17%も摩耗ライフが向上しているというのも驚きだ。スタッドレスタイヤは寒冷地、降雪地でのカーライフには必需品でありながら、タイヤの中でも高価な部類だから、経年のゴムの硬化による性能低下が少ないことに加えて、減りにくくなったというのはありがたい。
SUV専用「ブリザックDM-V3」との棲み分けも気になるポイント
発売されて2シーズン目を迎えたVRX3だが、今期は乗用車マーケットの主流であるSUVに採用されているタイヤサイズの拡充をしてきている。SUVユーザーの多くが、使用環境は通常の乗用車と同様で、日常での移動やドライブといった用途が大半というなかでは要望が多かったということだろう。
ブリヂストンでは、SUV用スタッドレスタイヤとして2019年に発売された「ブリザックDM-V3」があるが、VRX2やVRX3に比べて溝面積が多く、深雪などでのトラクションを重視していることが伺える。
DM-V3に関しては、昨冬にアウディ「Q5クワトロ」で、日本で1、2を争う豪雪地である青森県の酸ヶ湯まで、またマツダ「CX-5」のAWDで信州や上越などで真冬時期に走らせる経験をしてきた。雪質にかかわらず深雪、新雪路などでのトラクションへの信頼感が高いことに加えて、車重の重いSUVに装着しても剛性感が高いので、SUV専用としている意義は知れるところだった。
凍てつく旭川市街で氷上ブレーキ性能の進化を実感
今回は、VRX3で厳冬の北海道での試乗会に参加させてもらったが、その後、さらにスバル「ソルテラ」および「クラウンクロスオーバー」のVRX3装着車で、都内から上越、北陸などへ出かける機会も得られたので、ドライの高速道路やグシャグシャのシャーベット路面、山間部の雪面の下が凍った雪路など、北海道とはまた違った環境での試乗もできた。
北海道での試乗は、まず旭川市内のホテルを起点に旭岳に向かった後、山頂近くにあるホテルを起点に数台の試乗車で、ふもとまでの往復を繰り返すというもの。ちなみに、この旭岳や隣接する十勝岳には、これまで冬の試乗を兼ねての温泉を目的としたドライブに何度も訪れており、旭川からのルートを含めて、スタッドレスタイヤの評価には、テストコース以上に知れることの多い最適なコースだと思えている。
それにしても、北海道の冬の路面環境は厳しい。それこそスタッドレスタイヤの性能が問われるツルツルのアイスバーンが、外に一歩出たら待ち構えている。朝、ホテルから旭岳に向かう際に乗ったのはメルセデス・ベンツ「GLC 4MATIC」で、タイヤサイズは235/55R19。乗り込んだ際の気温は比較的温かくマイナス3℃。夜に雪が軽く降ったが、路面は路肩や中央部を除いてアイスバーンがそのまま見えている状態。まだ日差しが届く前で、極端に滑るという状況ではない。
それでも、交差点手前などの磨きがかけられた路面では、慎重にブレーキペダルに足を載せていかないと、ABS作動領域に入る。こんなときもGLCのブレーキのコントロール感は高く、ABS作動に入るギリギリのところで制動するようなことも可能だ。もちろん、それもVRX3の絶対的なアイスグリップの高さがあってこそ。
郊外へと進んだ頃には、日差しによりアイスバーンの表面が少しづつ溶けて、氷面がテカテカしだすという、スタッドレスタイヤにとっても、グリップを得るのに苦手な状況になってきていた。
こんななかでも、当たり前のようにクルマは多く走っているが、さすがに車間距離を詰めて走るような輩はいない。交差点で停まるにも、はるか手前からゆっくりと減速を開始し、曲がるのも、少し手前からゆっくりとステアリングを切りだしている。これは地元のドライバーにとっては当たりの操作だ。
スタッドレスタイヤの性能を図る指標となっている氷上ブレーキで、定められたテスト条件下において、VRX2比で20%もの制動距離短縮をしたというVRX3だが、さすがにアイス表面がほんのわずかに溶けているような状況や、交差点前のミラーバーン上の路面では、無造作にブレーキペダルに足をのせると容易にABSの作動領域に入ることは珍しくない。ただ、そのABS作動領域となってからも、減速感は思ったよりもしっかり感じられ、とくに停止前の、ググッと減速して停まる感じは、いかにもアイス性能が高い印象をもたらすものだった。
これまでの経験から、VRX2の氷上ブレーキ性能が、当時の他社製品と比べて高いだろうことは確認できていただけに、それよりさらに氷上ブレーキ性能を高めたVRX3でも滑る路面では、きっと周りはもっと慎重になっているのだろう、と想像してしまう。
雪上でも高いグリップ感と信頼感を発揮する
VRX3の進化は、耐摩耗性や氷上ブレーキに加えて、操舵初期の応答性にも感じる。じつはその点に少し不満を覚えたVRXから、VRX2で大きく向上したと思えたのだったが、VRX3ではさらに、滑りやすいアイス路面はもちろん、圧雪路、それに後日試すことができた完全なドライ路面でも、ステアリング切り出しの際、曲がりはじめるまでの遅れ感がより小さくなっていた。これは、トレッド面の剛性向上があり、同時に絶対的なグリップ向上が寄与しているのだろう。
また、VRX3はパターンノイズが小さく、端的に言ってスタッドレスタイヤとしてかなり静かな部類に思えた。ドライ路面の高速道路などの走行でも穏やかな音質で、いわば耳あたりがいいのは、後日のソルテラやクラウンクロスオーバーで、完全なドライ路面での走行でも確認できるものだった。
市内を抜けて、旭岳に向かうワインディングに入ると、路面は朝方に一度除雪がなされた圧雪面に、また雪が積もりだしていて、一部に雪の轍ができていたりする状況だった。気温はふもとでマイナス5℃くらい、旭岳温泉のホテルに着くとマイナス9℃まで下がっていた。
これくらいになると雪面はかなり締まっており、降った直後の雪はさらさらとした状態だ。こういう路面では、トレッドの溝面積を減らしたことで、雪を噛みこんで、その雪と路面の雪をくっつける雪中剪断力が得られにくくなっているのでは、とも思っていたが、そこはパターン解析も進化しているのだろう、新雪でも少し踏み固められたような雪面でも、トラクション、ブレーキとも高いグリップを発揮し、信頼感の高いものだった。
もちろんこのような路面では、SUV用のブリザックDM-V3はさらに高いトラクションやブレーキ性能を得られるわけで、そのかわりにアイス性能ではさすがにその面で世界トップレベルのVRX3には少しばかり劣るということになる。つまり、この性能バランスにおいて、SUVに乗るユーザーの冬季の走行環境、使い方で、どちらを選ぶか、ということになるだろう。
雪道での走りやすさはアウディとスバルが一歩リード
ちなみに、試乗車したのはすべて4WD仕様。GLCのほかにアウディ「Q5」、トヨタ「ハリアー」、トヨタ「ヤリスクロス」で、山頂近くのホテルからふもとまでをそれぞれ1往復できたほか、さらにホテルを起点とした緩やかな勾配でコーナーが連続する片道1kmほどの一般道では、アウディ「A4アバント」、スバル「レヴォーグ」など、SUV以外の車両にも乗ることが出来た。
車両の4WDの機構やそれに伴う駆動特性、さらにESC(横滑り防止装置)やABSの制御特性などによっても、さらにタイヤの接地荷重に大きく影響する車重によっても走り感は異なってくるのに加えて、タイヤサイズの違いでトレッド面のストレートグルーブの数が違うことなどあり、各車で今回のワインディングでも走りやすさに違いは現れていた。
印象としてSUVではとくにアウディQ5クワトロが、それ以外ではアウディA4アバントクワトロ、それにスバル レヴォーグの3車が、いわゆる意のままの操縦感、走りやすさ、ブレーキコントロール性などにおいて一歩リードの感があり、今回においては、トヨタ ハリアーは、ABS制御において過度に減速度が抜けてしまうようなことも経験され、それとともに舵の効きが鈍るなど、車両性能の差を感じることにもなった。
小兵ながらも雪道で意外と頼もしかった「ヤリスクロス」
また、ヤリスクロスは小さい出力のモーターで後輪を駆動しているわりに、発進域や40km/hくらいまでの駆動力をうまく与えている反面、それ以上の領域では、登坂路面で駆動力不足をもたらすなど、同じ走行環境下、同じタイヤ銘柄での差を知ることができたのも収穫であった。
タイヤの単位面積あたりの接地荷重の点から、細めのタイヤのほうが雪路のグリップでは有利になることもあり、ヤリスクロスが車重は軽めではある。だが、タイヤが今回の試乗車のなかでは最も細い(205/65R16)こともあって、軽快な操縦性と、崩れてザクザクとしたような雪路面での安定性においても好ましい印象を残した。
その一方、橋の上など路面が下側からも冷やされるような環境では、雪路面のすぐ下が完全なアイスバーンになっていたりして、とくにコーナリングしながら途中から橋にかかるような場合、グリップの減少が大きく、時にアウト側に膨らんでしまう挙動にもなりがちだ。ここでは車重が重く、相応に太いタイヤサイズのアウディQ5などは、軽く雪がのった圧接面から、急にアイスバーンに接することになった際のグリップの減少感が小さいなど、同じVRX3でも、車重とタイヤサイズによっても印象が異なることも実感できた。
一方、上越などのように水分を多く含んだ雪質で、それがシャーベット状になった際の安定性においては、溝面積を減らしながらも、トレッド面からうまく排雪をしているようで、危惧していた雪にのっかっていってしまうような動きは、21インチという大径サイズのクラウンクロスオーバーでも、比較的抑えられていることを確認できている。同時に雪が溶け水が溜まったようなウエット路面でも、排水をうまくこなしていると思えた。
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VRXとして3代目のVRX3は、VRX2でも定評のあったアイス性能をさらに高めながら、相反する性能をむしろ向上させた「ブリザック史上最高性能」とのうたい文句を納得させる製品であることは、新設定のSUV専用サイズでも再確認できた。SUVを乗用車ライクに使うユーザーにとって、高性能スタッドレスタイヤの新たな選択肢が生まれたことは喜ばしいことだと思う。