ヒストリックカーのオークション最高値が更新された2022年
2023年もそろそろアリゾナはスコッツデールのRMサザビーズを皮切りに、2月パリでのアールキュリアルやボナムス、3月のアメリア・アイランドでのグッディング&カンパニーなど、重要なオークションが続々始まる。とはいえ2022年後半は、FRBやECBなど欧米での政策金利引き上げ、ついで日銀までもが長期金利を実質的に引き上げるなど、金融引き締めがマクロ経済の大きな話題となったのは周知の通り。2022年の落札額トップ10をふり返りつつ、今年の予算感や相場の動向を考える一助としていただきたい。とはいえ10億円~のスタートだが……。
※通貨は1ドル135円、1ユーロ140円、1ポンド160円で換算
10位:759万5000ドル(約10億2500万円)/1954年式フェラーリ375アメリカ・ヴィニャーレ・カブリオレ
ランプレディ・ユニットと呼ばれる、フェラーリ最初期のF1マシンにも搭載された4.5リッターV12エンジンを積んだハイエンドGTで、しかもヴィニャーレによるオープンモデル。ヴィニャーレは今やブランドとしてはアメリカ企業たるフォードに属するので、アメリカで好まれる要素が揃った1台といえる。
9位:781万5000ドル(約10億5500万円)/1957年式フェラーリ500TRCスパイダー
こちらも1950年代のフェラーリで、10位と同じくカリフォルニアはモントレーのヒストリック・カー・ウィーク中のRMサザビーズにて落札。V12ではなく、当時の規定に合わせ2リッター4気筒で赤いヘッドカバーをあしらわれたパワーユニットを積んだスポーツレーシングカーがテスタ・ロッサ、500TRだった。当時のフェラーリの呼称は1気筒あたりの排気量相当だった。このモデルは、後のFIAスポーツカー・カテゴリーの国際競技に加えられたアネックスC条項に合わせた仕様として「TRC」と呼ばれる。
8位:776万3500ポンド(約12億4000万円)/1960年式フェラーリ250GT SWB ベルリネッタ・コンペティツィオーネ
アルミボディをもつ、たった46台のコンペティツィオーネ仕様。今で言うセミワークス的サテライトチーム、アメリカのディーラー・レーシングチームであるルイジ・キネッティ率いるNARTが1960年のル・マン24時間で走らせ、総合5位・クラス2位に入賞した由緒正しい250GT SWBゆえの高値である。
7位:924万5000ドル(約12億4800万円)/1924年式ヒスパノ・スイザH6C“チューリップウッド”トルペード ニュウポール・アストラ
1920年代当時はシャシーと機関を用意するのが自動車メーカーで、ボディやインテリアはカロッツェリアで別あつらえするのが常識だった。世にも珍しいアルミ製リベット留めのマホガニー・ウッドのボディは、ワインリカー「デュボネ」創業者の孫アンドレ・デュボネが航空機メーカーのニュウポール・アストラにオーダーして実現させたもの。デュボネは富豪スポーツマンで、このヒスパノ・スイザH6Cを駆りタルガ・フローリオで総合5位となる以前は、第一次大戦のフランス空軍のエースでボブスレーの五輪仏代表をも務めた。ちなみにデュボネは後に「ベントレー」の名を冠したカクテルにも用いられた。
6位:990万5000ドル(約13億3800万円)/1937年式メルセデス・ベンツ540Kスペシャル・ロードスター ジンデルフィンゲン
ジンデルフィンゲンと聞いて、メルセデスの一大生産拠点を思い浮かべるのはツウ。だが戦前、ここは同社のスペシャルボディ用のコーチビルダー部門が置かれていた場所でもある。美しいストリームラインをまとった多くの500K/540K(いずれもW29)は、アールデコの傑作としてコンクール・デレガンスの常連となっている。しかも5リッターの500Kと5.4リッターを合わせて、1934年から1939年の5年間で761台しか生産されていない。
うち70台が外部のカロッツェリアやコーチビルダーに委ねられたが、この1000万ドル近くで落札した個体は現存は3台といわれる希少なロングテール・モデル。しかも新車時のオーナーは、アフガニスタン最後の国王で2007年に没したモハメド・ザーヒル・シャーだった。
5位:1034万5000ドル(約14億円)/1937年式ブガッティ・タイプ57SCアタランテ
これもブガッティ・タイプ57SCアトランティックと並んで、アールデコ期の空力ボディの傑作とされるひとつ。じつは9年前の2013年にも同じモントレーのオークションにて874万5000ドルで落札されたが、エンジンはレストアされているという。聞くところでは、タイプ57SCで工場にてスーパーチャージャーが取り付けられたのは4台のみ、うちアタランテは2台のみとされる。
4位:1342万5000ドル(約18億1200万円)/1937年式タルボ・ラーゴT150-C-SSティアドロップ・クーペ
ブガッティを超える落札価格で取引されるフレンチ・ヴィンテージ・スーパーカーとなったのは、戦後しばらくは存続したタルボ。これはアールデコ全盛期にフィゴーニ&フラスキというパリ郊外の有名なカロッツェリアが仕上げた「グート・ドー(水滴)」型のボディで、16台が製作されたうちフロントフェンダーまで覆われているタイプは2台のみ。しかも、こちらはオリジナルゆえについた高値といわれる。
3位:1463万スイスフラン(約20億5000万円)/2003年式フェラーリF2003-GA
V10時代の官能的エキゾースト、かつミハエル・シューマッハが乗ってドライバー&コンストラクター双方とも2003年のタイトルを独占したのみならず、GAはフィアット・グループ総帥でこの年に亡くなったジャンニ・アニェッリのイニシャルでもある。しかもシャシーナンバー229のこの個体は、ホームのモンツァでポール・トゥ・フィニッシュを決めたそのもので、日本GPでの8位フィニッシュによってシューマッハがファンジオの5回を破る6回目の年間ドライバーズタイトルを手にしたマシンでもある。イタリアに近いジュネーブで行われた競売だったこともあって、ここ最近のF1カーでもっとも高騰して当然のサラブレッドといえた。
2位:2205万5000ドル(約30億円)/1955年式フェラーリ410スポーツ・スパイダー・スカリエッティ
まずスカリエッティの美しいボディは決め手のひとつで、ランプレディ・ユニットのV12を積む1950年代のスポーツレーシング・フェラーリだが、ボア×ストロークを変更して4961ccにまで拡大。これはいまだマラネロ史上最大となる排気量のV12で、しかも4基のうちワークス2台だけがツインスパーク化されていた。
すべては1955年の世界スポーツカー選手権のためだったが、ル・マンの大事故のためカレラ・パナメリカーナとニュルブルクリンク1000kmは中止。そのため1956年ブエノスアイレス1000kmで地元のヒーロー、ファン・マヌエル・ファンジオが駆った。アルゼンチンではリタイアを喫したが、その後カリフォルニアに渡ったこのクルマはキャロル・シェルビーにSCCA王者のタイトルをもたらすなど、伝説のアメリカ人ドライバーとも逸話を作った。なかでもフィル・ヒルがハワイでのレース前に移動中、165.12マイルの速度超過をやらかした時の違反書類付きだった点も、競売を盛り上げた。
1位:1億3500万ユーロ(約189億円)/1955年式メルセデス・ベンツ300SLRウーレンハウト・クーペ
2位より5倍以上も高額な落札値。この特別すぎる300SLR以前、ヒストリックカーとして最高落札額は、2018年にフェラーリ250GTOにつけられた4880万ドル(当時のレートで約55億円)だったのだから、いかに史上最高額のクルマとして飛び抜けていたかがうかがえる。
要因は3つ。まず、クルマの出所がシュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ・ミュージアムという公式コレクションからの放出案件だったこと。ふたつめは市販車でもレース車両でもなく、メルセデスのレース部門と開発部門のボス、ルドルフ・ウーレンハウトが特別あつらえさせた2台のクーペの内の1台という希少なモデルだったこと。最後の理由は、今回のオークションはメルセデスが次世代のイノベーションの種となるプロジェクトに資する「メルセデス・ベンツ基金」を立ち上げるためのものだったが、その目玉がこのクルマであり、それこそ空前絶後の機会であることが意識されたためだろう。買えたこと自体がラッキー、という感覚なのだろうか。