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ダイハツ「リーザスパイダー」を覚えてる? ランボルギーニ「ミウラP400」より貴重な軽オープンカーとは

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TEXT: 小鮒康一(KOBUNA Koichi)  PHOTO: AMW編集部

軽自動車初の完全フルトリム内装を採用

 ダイハツのオープンモデルと言えば現在、軽自動車唯一の新車で購入できるコペンが知られるところ。だが、そんなコペンの初代モデルが登場する10年以上前、ちょうど「平成ABCトリオ」と時を同じくして登場していた車両が存在していた。それが1991年に販売をスタートした「リーザスパイダー」である。

 リーザスパイダーは、完全な単一車種として生まれた平成ABCトリオとは異なり、軽スペシャリティクーペとして1986年に登場していたリーザをベースにルーフを切り取った派生車種という形になっていた。

 ベースとなったリーザは、ミラのプラットフォームを流用しながらもよりパーソナル感を強めたモデルである。フロントシートを最優先したレイアウトとなっており、軽自動車初の完全フルトリム内装を採用するスペシャリティ感をウリとしていた。

ターボエンジンのみのラインアップ

 そのオープンモデルとなったリーザスパイダーは、1989年に開催された東京モーターショーに参考出品され、そのおよそ2年後に実際に販売がスタートした形となった。ショーモデルは550ccであったが、ベース車が軽自動車の規格変更に伴って1990年8月に660cc化がなされたため、リーザスパイダーも660ccに変更。オープン化に伴うボディ補強などによって90kgほど重くなったボディの影響を考慮してか、ターボエンジンのみのラインアップとなっていた。ダイハツ・リーザスパイダーのエンジンルーム

 またモーターショーに展示された車両では4シーターとなっていたため、2シーターモデルだった平成ABCトリオに対してアドバンテージが生まれるはずだったが、市販車版は2シーターとなっていたのもショーモデルとの違いとなる。

色々と重なり販売へ低迷に……

 結局、東京モーターショーに展示された時点では比較的反響があったものの、登場までに2年もの時間を要してしまった。リーザ自体がモデル末期となってしまったことや、クローズドボディの車両のルーフをカットして生まれたモデルということで、スタイル的にも物足りないものとなってしまったこと、そして価格的にもライバル車との優位性がなかったことも影響してか販売は低迷。

 結局、限定モデルではなかったものの販売台数は380台ほどに留まり、後継車種のオプティが登場したあとも販売店の在庫として買い手が現れるのを待つリーザスパイダーが複数台存在していたと言われるほどだった。

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