ガソリン代高騰も影響しRとは最後の旅と決意
鞆さんは2022年に73歳になった。体力はまだまだ問題ないという。
「でも旅はやはりお金がかかります。アルバイトを含めて、仕事はいっさい辞めました。今は年金暮らしというワケです。そうなるとGT-Rはガソリン代も厳しい。だからR32とはもう旅はできないし、無理して乗り続けるのも違うかな、と思ったんです。つまり今回は最後の思い出作りというわけです」
そんな決意を胸にR32との毎日を送る鞆さんの前に、運命ともいうべき出来事が起こった。
「まさに昨日ですよ。稚内に住むご家族がこのキャンプ場に来たんです。黄色いER34が駐車場に入ってきました。ほかのスペースも空いているのに、すぐ隣に止めました。最初因縁を付けられるのかとビクビクしました。しかしお父さんと息子さんが降りてきて『こんにちは』と礼儀正しく挨拶をしてくれました」
息子さんがR32の大ファンで、街中で走っている鞆さんを何度も見掛けていたそうだ。途中から奥さまもセレナでやってきて、家族総出で鞆さんに会いに来た。どうやらこの虎野さん家族の中で、鞆さんは話題になっていたのだ。
R32第二の人生もおぼろげに考えた奇跡の出会い
「とにかく話していてGT-Rやスカイラインが好きというのが伝わって来るんです。本当はR32が欲しいけれど見つからず、代わりにER34を手に入れたそうです。息子さんが免許を取るまで待っていたら、買えない価格になってしまいそうだから、とお父さんが乗っているそうです。素敵なご家族なんですよ。取材の前日ですよ、取材が終わったらわたしもそろそろここを離れるんですよ。このタイミングで来るかと思いました」
虎野さん家族ならR32を大切にしてくれる、と確信した鞆さんは切り出した。
「来年か再来年か、いつになるかはわかりません。でも手放すことは決めています。あなたがた家族に乗ってもらいたいからそのときになったらご連絡します。もしタイミングが合えば買ってください」
虎野親子に会ったのは運命だったのかもしれない。愛車の行く末を案じる鞆さんを心配させないために、R32自らがご家族と引き合わせたのではないか。ちなみにこの運命的な出会いの前日は、今回の旅で一番苛酷な夜を体験した。
「土砂降りで、タープの下にテントを張っていたのですが、横殴りの雨でファスナーの縫い目から浸水。仲間も助けてくれて大急ぎでトランクに荷物を積み、その日は車中泊しました。もう全身びっしょりで。今回の旅で最も大変でした」
R32との楽しい旅はゆっくりゆっくりと……
これからの予定を聞いてみると、何となく10月くらいに自宅に帰ろうかと思っていると話してくれた。
「でもね、手放す覚悟をしているから帰りたくなくなります。戻ったら終わりですもん。R32はわたしの青春です。悔いのないように無事故無違反で旅を続けます。本当に法定速度でね。気付くと後ろに行列が出来てしまって、止まってみんなに道を譲るんです。急いで行くとそのぶん早く旅が終わってしまうから。それぞれの風景を噛みしめながらのんびり走り続けますよ」
GT-Rが繋ぐ人の輪はみんな優しい。そろそろ新たな出会いを求めて移動する時期が来たようだ。まだ取材時と同じキャンプ場に数日滞在しようと考えていた鞆さんだったが、撮影当日、われわれが帰った後に近くで熊が出たという。キャンプ場は閉鎖。必然的に次の目的地へ移動することとなったそうだ。夏の間は北海道にいるのもいいかもしれない。でもそれも気分次第。何にも縛られず、ただ気の向くままにR32のステアリングを握る。鞆さんは愛車R32との別れを決めるその日まで、日本のどこかを走り続けているのだろう。