70年代、なぜか生産終了後に大ブームとなった軽バンとは
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。
今回テストドライブさせていただいたのは、これまでとは明らかに毛色の変わった、約半世紀前の国産軽自動車。1970年代後半の若者たちの間で一大ブームを巻き起こしたホンダ「ライフ ステップバン」である。
360cc時代の軽自動車にユニークなパッケージングを採用
1972年9月にリリースされたライフ・ステップバンは、360cc時代の乗用/商用軽自動車「ライフ」のプラットフォーム上に形成された、元祖トールワゴン(商用モデルなのでバン表記となるが……)とも言えるモデル。そして秀逸なデザインにより、デビューから半世紀を経た現在においても、伝説として語られるモデルでもある。
20世紀の軽バンでは長らくセオリーとされてきた、座席床下ないしはリアにエンジンを置く後輪駆動のキャブオーバー式ではなく、前輪を駆動するエンジンを、短いけれどたしかに独立したフロントのボンネット下に搭載する。そして荷台は低床フラットで、全長3m足らずのボディサイズの割には広大なものとなる。
ヨーロッパの商用車を思わせるこのパッケージングは、1993年に登場したスズキ「ワゴンR」以来、現在に至るまで軽トールワゴンにおける主流となっているが、少なくとも1970年代の軽自動車では唯一のものであった。
基本メカニズムはライフと共通で、エンジンは水冷横置き直列2気筒SOHCの356cc。最高出力は30ps/8000rpm、最大トルクは2.9kg-m/6000rpm(いずれもJISグロス規格)を発生し、4速マニュアルの変速機と組み合わされる。
そしてステップバンを伝説的な存在としたのは、コストダウンという大義名分のもと、秀逸きわまるアイデアとデザインの集合体とされたことが挙げられよう。たとえば左の前ドアと右の後ドア、右の前ドアと左の後ドアでパネルの共通化を図り、それぞれのサッシュやドアハンドルの配置を変えて作り分ける。また計器類はセンターメーター式とし、ダッシュパネル下部はトレー状にデザイン。仕事に必要な小物を置いたり、伝票整理を行ったり。時には、軽い食事なども行えるようにしたという。
今でも引用されるホンダの歴史的アイコンとなった
しかし、キャブオーバー型の軽バンと比べると、ノーズにエンジンを置くレイアウトゆえに荷室長がどうしても長くとれないこと、また厳しい条件で酷使される商用車としては、コンベンショナルなFRと比べると耐久性や整備性などの点についても疑問視されたせいか、商用車あるいは実用車としての販売実績は振るわなかった。1973年8月には、ピックアップトラック版の「ライフ ピックアップ」(PA型)も追加されたが、いずれも市場での成功には至らなかったのだ。
そして1974年10月をもって、軽トラックの「TN-V」を除き軽自動車市場から一時撤退したことに伴い、ライフおよびライフ ピックアップとともに生産・販売終了となってしまう。
こうしてステップバンは1代限りで販売を終了したものの、それから数年後になって、ちょっとしたブームを巻き起こしたことをご記憶の向きもあろう。1970年代半ば、アメリカ西海岸から伝播してきたサーフィンの流行に伴い、商用バンをカスタマイズする「バニング」のブームも日本に上陸。そのベース車両としてもっとも好適とされたステップバンは、中古車市場で人気爆発。バニング仕様のプラモデルなども発売された。
かくして、皮肉にもフェードアウトしたあとに人気復活を果たしたステップバンは、その後ホンダにとっても重要な歴史的アイコンとなる。そして、販売終了から22年後となる1996年に普通車枠で登場した「ステップワゴン」や、「ステップバーン」なる少々強引なキャッチコピーとともに登場した「S-MX」。さらには、現在のホンダ軽自動車「N-WGN」や「N-VAN」にも、コンセプトやデザインのモチーフとして引用されることになったのだ。
ついついニヤケてしまう? 楽しさいっぱいのビックリ箱
「ホンダライフのすぐれた駆動力と足まわりを備え、ゆったりとした居住性とかさばる荷物も無理なく積める大きな荷台スペースを確保した近代感覚あふれるスタイルのユニークな車です。(原文ママ)」これは1972年夏の発表当時に、ホンダから発信されたプレスリリースの文言である。
実際にライフ・ステップバンに触れてみると、この堂々たる触れ込みに誤りはなかったこと、そして、当時のホンダの意気込みがよく理解できる気がする。公式資料のスペックシートによると、車両重量はベースとなるライフよりも60kg以上も重い605kg。360cc規格時代の軽自動車としては大柄な車体をわずか30psの2気筒エンジンで走らせるのだから、お世辞にも速いとは言えない。
しかも、このエンジンは6000rpmでトルクピークを迎える高回転型で、商用車ゆえにファイナルギヤ比も低め。だから現代の交通の流れに合わせて走らせるのは、正直なところ相当に冒険的な行為となるのだが、それがワクワクしないと言えばウソになる。
トラックのように寝かされた大径のステアリングホイールを抱え込み、スポーツカーのようにシャープな吹き上がりの360ccエンジンをなだめすかすように発進する。超ローレシオの1速から、早々に2速にシフト。ここで初めてスロットルを深く踏み込むと、ホンダ「N360」の空冷エンジンから継承された「ビィイイイイ~ン」という、いかにも直列2気筒っぽいサウンドと振動が車体全体に共鳴してくる。たしかにうるさいけれど、一定以上の年齢を重ねたクルマ好きにとっては、とても懐かしいものだろう。
そしてタイヤは、前後とも10インチ。サスペンションはこの時代の商用車ゆえに、フロントこそマクファーソン・ストラット式の独立ながら、リアはリーフ・リジッド。10インチの小径タイヤも相まって、空荷状態では路面の凹凸をガタガタと拾ってしまう。また前後とも小径のドラム式のブレーキは、制動力/作動に要する力ともに時代を感じさせる。
それでも、この猛烈な楽しさはなんだろう……! ふと気づけば、ルームミラーにはニヤニヤ笑う自身の姿が映っている。
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もちろん、現在のホンダに「志」が感じられないなどとは決して思わない。でも、ホンダらしい「志」と運転する「楽しさ」が直結していたかのようなこの時代のモデルには、この上ない魅力を感じてしまうのも正直な心情である。
この先、電動化への道を突き進むというホンダながら、こんなビックリ箱のようなクルマを平気でマーケットに送り込んでくるような、創意工夫のスピリットを忘れないでほしい。田舎道でこのクルマと格闘しながら、そんなことをガラにもなく祈ってしまった筆者なのである。