カルロ・アバルトをして「世界一目立つクルマ」と言わしめた「ゴッチア」
ヒストリックカー趣味が高じて13台ものクルマを収容できる大きなガレージを建てた東北在住のKさん。ミュージアムに鎮座する数々の名車の中でもとくに希少な個体が、前後どちらが前なのかパッと見ではわからない、小さく可愛いスポーツカーです。3台だけ製造され、現存するのは2台といわれる「フィアット・アバルト750GTゴッチア ヴィニャーレ」を紹介しましょう。
アバルト×ミケロッティ×ヴィニャーレ、50年代イタリアのドリームチーム
フィアットの乗用車をベースにして数々の傑作チューニングカーを生み出したアバルト。その多くのモデルには、カロッツェリアによるワンオフもしくはごく少数生産のスペシャルボディをまとったものが存在している。そんな中でも、1950年代のアバルト黎明期の「750GT」をベースに、ユニークなデザインを与えられた名車があるのはご存知だろうか。
その名は「フィアット・アバルト750GTゴッチア ヴィニャーレ」。「ゴッチア」とはイタリア語で水滴の意味で、この時代のイタリアを代表するカロッツェリア「ヴィニャーレ」によってアルミボディが製作・架装されている。
この金魚ともカエルとも思わせるなんとも愛嬌たっぷりのデザインはジョバンニ・ミケロッティの手によるもので、流線型のボディデザインは水滴の落下をイメージしたものなのだ。
ヒストリックカー趣味の先輩から伝説を引き継ぐ
アバルト・ゴッチアの現在のオーナーは、先日ガレージを紹介した東北地方某所のカーガイ、Kさんである。元はといえば、Kさんのヒストリックカー趣味の入口となったジャガー「Eタイプ」の前オーナーが、このゴッチアを日本に輸入し所有していたのだそうだ。
Kさんもアバルトに対する知識は多少あったものの、わずか3台しか作られていないこともあり、ゴッチアの存在は知らなかったという。初めて目にしたときは単純に、どうしてこんな形にしたんだろうと独特のデザインに驚いたそうだが、やはり強烈なインパクトが残ったようで、その存在は頭の片隅に残っていた。
それから数年が経ち、ちょうどガレージが完成する時期と前後して、ジャガーの前オーナー氏があのアバルト・ゴッチアを手放すと聞き、次の継承者として名乗りを上げたのだった。
それからは、希少車ゆえ残されている資料も少ないなか、世界中からゴッチアが記された文献や書物を取り寄せて調べていくと、イタリアの伝説的公道レース「ミッレ・ミリア」の最後の年である1957年に出場した歴史があることも分かった。さらに調べていくと、これが750cc以下のGTカークラスで4位に入賞し、総合順位でも94位で完走したカーナンバー38のアバルト・ゴッチアそのものであることも知った。
このゴッチアのラリーデビューは雨の「コッパディ東京」で、水滴(ゴッチア)が水滴をまとった姿に、「こんなアバルトがあったのか!?」と周囲のクルマ趣味人たちを驚かせた。
高回転型エンジンの鼓動を日頃から味わうという贅沢
こうした由緒あるヒストリックカーを所有しながら、イベントだけでなく、日頃からドライブすることを何よりの楽しみにしているKさん。
取材時も普段と同じく、周辺のワインディングロードを楽しむべく、バスタブのような形状のコクピットへ慣れた動作で乗り込む。エンジン始動とともにタコメーターの針が跳ね上がる。高回転型にチューニングされたエンジン特有の落ち着かないアイドリングだが、その鼓動を聴いているだけで、気持ちを高揚させてくれるという。
エンジン出力は47馬力と絶対的なパワーは限られているものの、3500回転を超えてからは抜群の加速を味わわせてくれ、スムーズな回頭性やノンアシストながらも踏み込めばしっかりと減速するブレーキなど、軽量ボディならではの運動性に裏打ちされたドライビングの心地よさは唯一無二の世界。アバルトの魅力にすっかりハマっていったという。
このアバルト・ゴッチアを皮切りに、この後4台のサソリがガレージに住み込むことになるKさん。ゴッチアに乗り始めたときはまだ、サソリの猛毒にやられていることに気づいていないのであった。