フェラーリではないフェラーリが高値で落札のなぜ
北米フロリダ州シー諸島のアメリア島では、毎年3月に大規模なコンクール・デレガンス開催される。またそれに付随して、アメリカおよびヨーロッパの大手オークショネアが大規模なオークションをオフィシャル、あるいは独自に展開するのも通例となっている。
そんな中、業界最大手の一つであるRMサザビーズの北米本社は、2023年で第24回目となる「AMELIA ISLAND」オークションを大々的に開催。総額にして実に7000万ドルを超える売り上げを達成した、と喧伝しているという。
2023年3月4日の競売では、素晴らしいクラシックカーやスーパーカーに対して、日本円にして億越えとなるビッグプライスでハンマーが落とされたようだが、今回はそんな珠玉のクルマたちの中から、1台の「ディーノ246GTS」についてお話しすることにしよう。
エンツォの愛息、ディーノの遺したヘリテージとは?
「Dino」のバッジを掲げたフェラーリが1965年のパリ・サロンでデビューしたとき、小型版フェラーリ・ストラダーレというアイデアは、既に練り込まれていたという。
エンツォ・フェラーリの長男であるディーノは、V6エンジン設計の熱心な支持者だった。若きフェラーリは、ブランドの立ち上がる以前からエンジン設計者の一人として名を連ねてはいたものの、彼自身はそのデビューを見届けることはできなかった。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーと診断されたディーノは、その病に身体を蝕まれながらも、病床でたゆまぬ努力をしたと言われている。彼は、自身も携わったV6エンジンがF1GPで大成功を収めるちょうど2年前、1956年に24歳の若さでこの世を去った。
しかし彼のディーノV6エンジンは、F1GPとスポーツカーレースで何年にもわたって輝かしい戦果を挙げることになる。そして、かねてからポルシェ911と市場を争うような市販ロードカーを望んでいたエンツォ・フェラーリは、最愛の息子によって進められたセオリーを生かして、新たな市販モデルとするよう開発チームに命じた。
その結果として誕生した麗しのディーノGTは、ミドシップとV6エンジンという、フェラーリにとっては新機軸となる2つの要素を両立。各カムシャフトカバーには“Dino”の文字が誇らしげに鋳造されていた。そして息子の夢を実現させたエンツォ翁は、ノーズに掲げる紋章をすでに世界的アイコンとなっていたフェラーリの“カヴァッリーノ・ランパンテ”ではなく、ディーノ自身のシグネチャーであるべきと考えた。
かくしてディーノ「206GT」は1967年に正式発表。ピニンファリーナのアルド・ブロヴァローネおよびレオナルド・フィオラヴァンティによってデザインされ、スカリエッティによって架装されたみごとなボディを着用していた。鋼管スペースフレームの後方に、2Lのオールアルミニウム製V型6気筒4カムシャフトエンジンを搭載し、5速トランスアクスルを組み合わせていた。
ディーノGTにとって最初の大規模アップデートとなったのは、1969年に「246GT」がデビューしたこと。エンジン排気量は2.4Lに増加し、ボディ構造はスチールに切り替わった。カスタマーも自動車メディアも同様にディーノの魅力に圧倒され、そのゴージャスなデザインとかみそりのように鋭いハンドリングによって、現在に至る普遍的な賞賛を受けるに至ったのだ。
希少なオプションパッケージ車、再び1億円オーバーで落札!
ディーノGTの進化はその後も続き、1972年のジュネーヴ・ショーでは特に北米マーケットからのリクエストに応えて、デタッチャブル式トップを装着したスパイダー版「246GTS」が追加デビューし、結果としてシリーズ最終期の生産の多くを占める大ヒット作となった
2023年3月4日に開催された、第24回RMサザビーズ“AMELIA ISLAND”オークションに出品されたシャーシNo.#08302も、北米市場のために製作された246GTSの1台である。
フェラーリの世界的権威マルセル・マッシーニ氏のレポートによると、「ロッソ・キアーロ」のボディに「ベージュ(Beige)」のコノリーレザー製インテリアを組み合わせた、この米国市場のディーノは1974年5月31日に完成したとのこと。かつて、世界的なクラシックカー・コレクターとしても知られた故ビル・ハラーがネヴァダ州リノで出店していた“Modern Classic Motors”を介して、カリフォルニア州の顧客に販売された。
その後は1978年に2代目オーナーのもとに譲渡され、2011年までマリブに住む個人オーナーが所有。そののち10年間は複数のオーナーのもとを渡り歩き、2022年に今回のオークション出品者である現オーナーの手に渡ったと記録されている。
また、マッシーニ氏のレポートでは「デイトナスタイル」の本革シートと、マグネシウム製のカンパニョーロ社製ワイドホイール+14インチタイヤと、それを収めるための幅広のホイールアーチを与えられ、246 GTSではもっとも望ましいとされるスペック。
主に北米市場向けのパッケージオプション仕様だった「チェア&フレア(Chairs and Flares)」の1台であること。またエアコンやパワーウィンドウなどのオプション装備が、こちらも新車のときから充実していることも記されているという。
そして重要なポイントとして挙げるべきは、この車両が「フェラーリ・クラシケ」にて正統性をフェラーリ本社に証明されていること。そのレッドブックに、エンジンとギアボックスがマッチングナンバーであることも記されていることである。
また、車両に添付されたドキュメントには、2009年から2022年までの請求書のコレクションがさらに含まれており、過去10年間にこの246GTSに惜しみなく費やされたケアのレベルの高さも明示されている。
さらには、前述のクラシケバインダーに加えて、オーナーズマニュアル、保証書、オーナーズサービスブック、ツールキットなどの純正付属品が完備していることも、この個体の正統性を裏づける、極めて重要な要素となっているのだ。
予想を裏切らない高値安定の「チェア&フレア」
新車デリバリーの際に「チェア&フレア」の両方のオプションとともに製造された246GTSは150台未満とされ、市販版ディーノGTの中ではもっともレアとされる206GTに匹敵する希少車となった。
それゆえ、近年のクラシックカー国際市場では206GTに準ずる高価格で取り引きされる事例が多く、2022年8月のRMサザビーズ「MONTEREY」オークションでは、80万2500ドル──当時のレートでは約1億1100円で落札されている。
それから約半年後、同じアメリカでの出品であることから、今回の「AMELIA ISLAND」オークションでも高値を予想する声が多かったが、案の定というべきか75万8500ドル──邦貨換算約1億100万円で小槌が落とされたのである。