ユーザーの要望を最優先で扱いやすくまとめ上げる
「平成7(1995)年のオープン当初はシルビアばかりで、CAやSRエンジンのゼロヨン仕様といった派手なチューニングが多かったですね。GT-Rはどのクルマもブーストアップ止まり。それでも十分速くて、特別な存在でした」
1997年にはR32スカイラインのタイプMとZ31フェアレディZにRB26DETTを載せてチューニングする依頼が続いた。タイプMは2.7L化してT88ターボを組み合わせ800psをマーク。雑誌社による谷田部テストコースでの最高速テストでは317km/hを叩き出した。そのころからGT-Rのハードチューニングが増える。
「それまではシルビアで600psを出して喜んでいたのに、GT-Rの場合は当時でも900psが夢ではなかった。チューナーにとってはその気にさせる魅力的なクルマです」
タイプMの最高速テストではエンジンブロックにクラックが入って冷却水が滲み出るというトラブルが発生。他の800psを超えるGT-Rでも同様な症状が出た。エンジン自体はブローしたわけでなく調子は悪くないので、ブロックの強度不足と判断。フロントデフがオイルパン内に収められているのでバランスを取っていても振動が出やすいのだ。そのためティー・ゲットでは700ps以上はN1ブロックを使っている。
「うちはユーザーの要望を最優先にするので、ショップの特色を反映させたデモカーを作ったりはしません。限られた予算の中で理想に近付けるクルマ作りに全力で取り組みます」
馬力を上げてもトラブルなく乗れることが最低条件
そのため同じ仕様は少なく、定番メニューも存在しないが、ただ扱いやすさにだけはこだわっている。寒い朝でも一発でエンジンが始動でき、アイドリングが安定していることが最低条件。どんなにパワーがあってもトラブルの心配がなく、安心してどこにでも走っていける乗りやすさを重視して仕立てている。
「RB26はエアフロを取り除いてDジェトロ制御にすると、標高の高い場所で吹けなくなってしまうことが多いです。6連スロットルを使っているからなのか、他のエンジンよりも顕著に表れます。通常は空気が薄くなるので空燃比が濃くなりますがRB26は逆です。標高1500mを超えた辺りから薄くなってエンジンが掛かりにくくなり、明らかに不調となります。圧力センサーのゼロ点がズレてしまうのです。だから必ず大気圧補正を行っています」
さらにスロットル開度での補正もほぼ全域に入れている。エンジン回転数と圧力だけでマップを作ってもまともには走れない。ブーストが掛かっていても、エンジンはそれほど空気を吸い込んでいない状況が多いため、そこを補っている。
このようにRB26のDジェトロ制御は癖があって、大気圧やスロットル開度での補正を駆使しないとノーマルのように普通には走れない。絶対的なパワーよりも柔軟性や始動性を重視しているのが境流だ。
気持ちよさを追求したいというユーザーの声に応えた
そんな境代表が夢中で取り組んだのが「気持ちいいエンジンフィーリングの実現」というオーダーだ。この言葉にはオーナーの熱い想いが込められている。アクセルを踏んだときの心地よさの追求は簡単そうだが途方もなく奥が深い。それに挑んだ。
R34の純正ホイールを履いたR32にはオーナーと共に導き出した気持ちよさに効く手法が細部に取り入れられている。プロペラシャフトは真ん中に重いジョイント部のある純正の2分割タイプから軽い1本ものへと変更。パワステはトヨタ「MR-S」純正の電動式を流用してファンも電動式を使い、エアコンも外している。エンジンで駆動するものはオルタネータ以外は取り除き、極力負荷をかけない作戦。今後はウォーターポンプの電動化も狙っている。
創意工夫はエンジン内部にも及んでいる。ノーマルと同じストロークであるJUNの2.7L用クランクを使い、HKSの2.8L用ピストンを組み合わせて、それに合ったコンロッドを製作したのである。こうすることでコンロッドが長くなりシリンダーへのピストンの側圧が抑えられる。このエンジンの排気量は2.7Lとなり、GT III-2530のツインターボ仕様でブースト1.5kg/cm2のときに600psをマークする。制御は境代表の得意なVプロのDジェトロだ。
「オーナーは今までに味わったことがないレスポンスだと大喜びしてくれました。エンジンの回り方が他の仕様とは違って澄んでいるんです」
ユーザーの希望が叶えられた達成感は、サーキットのタイムアタックやゼロヨンの好結果とは趣の異なる満ち足りた気分になる。それを味わうことが境代表の至福のときだ。
(この記事は2021年4月1日発売のGT-R Magazine 158号に掲載した記事を元に再編集しています)