走行距離は616マイルと新車同然
2023年3月4日、RMサザビーズがアメリカで開催したオークションにおいてメルセデ・ベンツ SLS AMGブラックシリーズクーペが出品された。アメリカに納入された132台のうちの1台。今回はいくらで落札されたのか、同車について振り返りながらお伝えしよう。
最高速はリミッター制御による317km/hを可能
それまでメルセデス・ベンツ、そしてマクラーレンとともにSLRマクラーレンを生産していたメルセデスAMG社が、生産中止とともに次なるプロジェクトとして立ち上げたのが、往年の300SLを彷彿させるガルウイングドアを採用した「SLS AMG」の開発にほかならなかった。
ちなみにメルセデスAMGの完全自社開発、生産車となるSLS AMGは、それまでのSLRマクラーレンよりもスーパースポーツとしてはワンクラス下に位置するものだった。たとえばSLRマクラーレンではカーボン製のモノコックが使用されていたものの、SLS AMGではそれがアルミニウム製のスペースフレームに置き換わるなど、価格的にもより購入しやすいモデルへと仕上げられている。
M156型をベースに、チューニングを進めたものである。インテークやエグゾーストのマニフォールド、さらにはピストンからクランクケース本体にまで手が加えられたそれは、M156型と比較して46psアップの571psを発揮。メルセデスAMGが公表したパフォーマンスでは0−100km/h加速3.8秒、最高速はリミッター制御による317km/hを可能にしていたのだった。
そのエンジンをフロントミッドシップし、ギヤボックスをデファレンシャルとともに後方に配置するトランスアクスル方式の採用で理想的な前後重量配分を実現。サスペンションはシンプルなダブルウイッシュボーン形式だったが、こちらもその重量軽減や剛性の確保にはさまざまな工夫が見られる。
「ブラックシリーズ」はSLS AMGの頂点
デビュー後も、ロードスターやEV使用のE-Cell、スタンダードモデルから20psのエクストラパワーを得たほか、専用チューニングのAMGライド・コントロール・パフォーマンスサスペンションを得るなど、進化を続けていったSLS AMG。そのひとつの頂点となったのが、ここで紹介する「ブラックシリーズ」だ。
2009年のフランクフルト・ショーで発表され、翌2010年にはセールスを開始したSLS AMGには、常に競合するライバルとの対決が望まれ、もちろんメルセデスAMG自身もそれを拒む理由はどこにもなかった。
唯一の問題は、当時2012年までにはCO2排出量の大幅な低減、すなわち燃料消費率の向上を図らねばならず、その目標値は30%という途方もない数字であったことだろうか。その意味ではSLS AMGは、高効率化に対してのメルセデスAMGからのひとつの答えだったといえるのかもしれない。
クーペボディのみがデリバリーされたブラックシリーズのエンジンは、カムジオメトリを変更した新タイプのカムシャフトやレーシング仕様のタペットなどを用いて、さらに最高出力を622psにまで高めたもの。
これはデビュー当時世界最強の自然吸気量産V型8気筒エンジンだった。チューニングはもちろんエンジンだけでは終わらない。ボディパネルの一部や吸気ダクトなどの内部フレーム構造。インテリアはアルカンターラをメインに彩られ、エグゾーストシステムもスチールから専用のチタン製へと変更されている。結果的に車重はスタンダードなモデルから約68kg低減。0−200km/h加速を3.5秒で走り抜く俊足ぶりを新たに手にいれることになった。
希少性も相まって高値で落札
今回RMサザビーズ社が、アメリカのフロリダで開催されたアメリア・アイランド・オークションに持ち込んだモデルは、2013年9月にニュージャージー州エジソンのディーラーからカスタマーにデリバリーされたもの。
そもそもアメリカには、わずか132台がデリバリーされたのみというSLS AMGブラックシリーズ。さらにこのモデルは、新車時からワンオーナーで、走行距離も616マイル(約991km)と新車同然のコンディションを保っていた。オプションアイテムは、フロントに19インチ、リアに20インチを装着するブラックの鍛造ホイールやSiriusXMラジオ+GPSナビゲーション、ボイスコントロール、ブラインドスポットアシスト、リアビューカメラなど。
今回のオークションでは走行距離からも判断できるように車両のコンディションも素晴らしかったのだろう。最終的な落札価格は94万ドル(約1億2784万円)にまで高騰した。スタンダードなSLS AMGの日本市場でのスタート価格が2490万円だったことを考えると、今さらながらにモデル自体の希少性と、そのコンディションが、オークションの結果にいかに大きな影響を与えるのかが良く理解できる。