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ホンダ「Sシリーズ」は宗一郎の情熱のカタマリ! 「S800」へと続く進化を解説します【国産名車グラフィティ】

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TEXT: 片岡英明  PHOTO: 木村博道/日本自動車工業会/Auto Messe Web編集部

国産乗用車初のDOHCエンジン搭載モデル

2輪メーカーだったホンダが初めて世に送り出した4輪車は、なんと日本初のDOHCエンジンを搭載。軽トラックでスタートしたのだが、次に市場投入されたのはオープン2シータースポーツだった。そのエンジンは、当時のレーシングカー並みのパワーを絞り出していたのである。

F1エンジンにも使う技術も投入した珠玉のハイパワーユニット

第二次世界大戦後の動乱のなか、ロマンを愛する頑固なエンジニアの本田宗一郎は、本田技術研究所を立ち上げた。創設から10年ほどでホンダはオートバイの分野で成功を収め、2輪の最高峰である世界グランプリにも挑んでいる。高度な技術力が要求されるレーシングの世界でホンダはワールドチャンピオンに輝き、世界から注目される存在にまで成長した。2輪を制した本田宗一郎が次の挑戦の舞台に選んだのは、難敵ひしめく4輪車の世界だ。

1950年代の終盤からプロジェクトチームを結成し、基礎研究を進めている。番頭役の藤沢武夫は、いきなり大きなクルマを出しても売れないので、堅実に軽トラックから始めようと本田宗一郎に進言した。だが、宗一郎はスポーツカーしか眼中になかったので、軽自動車の規格に合わせた2シーターのスポーツカーの開発にも乗り出している。軽自動車は全長が3m以下に限定されてしまうが、2人乗りなら何とかモノになりそうだったからだ。

搭載するパワーユニットは、最初から4気筒のDOHCしか考えていなかった。だが、直列4気筒だけでなくV型や水平対向など、多くのレイアウトを模索している。また、冷却方法は水冷と空冷の両方を検討した。後に本田宗一郎は空冷エンジンに固執するのだが、この時期はまだこだわっていなかったのである。最終的に選んだのは水冷エンジンだ。1万回転まで回そうと考えていたので水冷のほうが有利と判断した。

進むべき方向がはっきり決まった1962(昭和37)年1月、ホンダは4輪業界への進出を表明している。この時期、ホンダは三重県の鈴鹿に日本初の本格的なサーキットを建設中だった。そして1963年5月には日本グランプリを開催するスケジュールが組まれていたのである。

4輪進出を表明してから半年後の6月、ホンダは2輪の販売店の社長などを鈴鹿サーキットに招き、第11回全国ホンダ会を開催した。このとき予告なしに4輪のプロトタイプをお披露目したのである。1台はスポーツカーのS360、もう1台は軽4輪トラックのT360だ。ボンネットを開けると、そこには精緻なDOHCエンジンがあった。

全国ホンダ会で2台のプロトタイプを見せられたことは極秘である。口外することは禁じられていたが、ホンダがライトウエイトのスポーツカーを開発している、という噂が漏れ伝わるようになった。そして10月の第9回全日本自動車ショーで秘密のベールを脱ぐのである。

会場に展示されたのは、プロトタイプ3モデルだ。マイクロスポーツのS360と軽トラックのT360に加え、新たにホンダS500が加わっている。自動車メーカーの首脳陣は色めき立った。参考出品された3車の完成度が思いのほか高かったからである。一方、クルマ好きは狂喜し、正式発売を待ち望んだ。

とくに軽自動車の枠内に収めたS360には熱い視線が注がれ、ホンダの説明員には多くの質問を浴びせられた。わずか356ccの排気量だが、レーシングエンジン並みの33ps/9000rpmの出力を絞り出したのだから当然だろう。

軽自動車規格サイズの呪縛を解き伸びやかなスタイルを手に入れたS500

1963年8月に動きがあった。軽トラックのT360が正式発表されたのである。心臓は量産車としては、世界最小クラスの直列4気筒DOHC。国産初のDOHC搭載車だ。S360ほど高性能ではないが、それでも30psを発生した。最高速度は軽乗用車をしのぐ100km/hを達成している。トラックでも破天荒だったから、次の作品になるであろうS360に期待が膨らんだ。

その2カ月後の10月、ホンダはS500を発表した。発売が期待されたS360は参考出品だけに終わっている。だが、S500は予想に違わぬ素晴らしいでき栄えだった。ショーカーは492ccの排気量で、40ps/8000rpmと発表されていたが、量産型のS500は排気量を拡大し、パワーアップしている。

この直列4気筒DOHCエンジンはAS280E型と名付けられた。国産乗用車に初めて搭載されたDOHCエンジンでもある。ボアは54.0mm、ストロークは58.0mmのロングストローク設計で、参考出品したプロトタイプと比べると39cc大きい総排気量531ccだ。

シリンダーヘッドからブロック、オイルパンに至るまで総アルミのぜいたくな設計で、ブロックにウエットライナー、ローラーベアリング支持のクランクシャフト、直動式タペットなどを組み込んでいる。メインベアリングは3個を配した。

燃焼室は半球形で、インテークマニホールドやエキゾーストポートは独立している。レーシングエンジン並みの高回転を可能にするために、ニードルローラーベアリングを採用しているのも特徴だ。ウエットライナーや直動式タペットなどのメカニズムは、ホンダのV型12気筒F1用エンジンにも採用された。

キャブレターはオートバイのエンジンと同じ京浜製のCV可変ベンチュリーキャブを使っている。これを1気筒に1基ずつ、計4基装着した。圧縮比は9.5だ。最高出力は44ps/8000rpm、最大トルクは4.6kgm/4500rpmと発表されている。レッドゾーンは9500rpmからだった。このエンジンは45度傾けて積まれている。

トランスミッションは、2速ギア以上にシンクロメッシュを備えたフロアシフトの4速MT。プロトタイプの段階では5速MTも検討されていたが見送られた。最高速度は驚きの135km/hと公表されている。

サスペンションは、フロントがダブルウィッシュボーンとトーションバースプリング、リアは個性的なチェーンドライブとしている。アクスルチューブと一体になったチェーンケースがトレーリングアームを兼ねた設計が特徴だ。本田宗一郎は十分なトランク容量を確保するためと、大きな減速比も得やすいからとチェーン駆動にこだわった。

シャシーは閉断面構造の梯子型ラダーフレームだ。重量はかさむが、高い剛性を確保できるメリットがある。軽自動車のようにボディサイズの制約がないため、S360よりリアはオーバーハングを少し延長した。この変更によってバランスのいいデザインになっている。エクステリアはロングノーズにショートデッキのスポーツカーらしいフォルムで、当時か少し前のイギリス車のような気品を漂わせている。

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