0~100km/hの発進加速は2.1秒
スポーティなツーリングカーを表すときに『羊の皮をかぶった狼』というフレーズは常套句となっています。国産車でいうと、その走りとなったのはハコスカGT-Rだったでしょうか。しかし、上には上がありました。当時のF1GPマシンにも通じる3.5L V10エンジンをカーボンファイバー製のモノコックを搭載したシャシーに、アッパーミドルな4ドアセダンのカウルを被せた「アルファ ロメオ164」のプロカーレース仕様がそれ。究極の「羊の皮をかぶった狼」、アルファ ロメオ164プロカーレース仕様を振り返ります。
メーカーやFISAの思惑で始まった“プロカーレース”
アルファ ロメオ164プロカーレース仕様を紹介する前に、プロカーレースそのものについて紹介しておきましょう。F1GPやスポーツカーの世界選手権といったビッグレースのサポートイベントとして、参加するトップドライバーが全員、同じクルマを使って走るワンメイクレースは、人気を呼ぶはず……として1979年にBMWのモータースポーツを統括するBMW Motorsport GmbH(BMWモータースポーツ社。現在のBMW M社)のヨッヘン・ニーアパッシュが提案した、BMW M1を使ったワンメイクレースが“初代”のプロカーレースでした。
元々はグループ5に向けて開発してきたM1の、生産計画の遅れから車両公認が間に合わず、苦肉の策として考え出されたプロカーレースでしたが、1979年シーズン中盤から1980年シーズンにかけて実施され、ニキ・ラウダ(同シリーズ1979年チャンピオン)やネルソン・ピケ(1980年シリーズチャンピオン)らの参戦により、大いに人気を呼んでいました。ただし、1981年に関しては“言い出しっぺ”のBMWが、自らのF1プロジェクトに専念することになりシリーズは中止となりました。
F1GPと同規格の12気筒以下の自然吸気3.5Lエンジンを搭載
これに続いて“2代目”のプロカーレースとなったのが、今回の164が参戦する予定だったシリーズです。今度の提案者は世界のモータースポーツを統括していた国際自動車スポーツ連盟(FISA=Fédération Internationale du Sport Automobile)でした。
彼らはより多くの自動車メーカーをF1GPに引き込めるように、当時のF1GPと同規格の12気筒以下の自然吸気3.5Lエンジンを搭載するレーシングカーによる世界選手権を企画したのです。エンジン規定以外には車両重量が750kg以上で年間2万5000台以上が生産された市販車両と同じシルエットを持つこと。さらに、ボディ寸法とホイールベースは変更不可としながらも、それ以外には取り立てて大きな規制もない“緩い”車両規定のクルマによるレースを企画し、さらにそのレースに世界選手権のタイトルを懸けたのです。
これに最初に呼応したのがアルファ ロメオでした。フィアットグループの中にあって同グループのフェラーリはF1GPで、ランチアとフィアット自身はWRCで、それぞれ存在感を表していました。また、将来的にF1GP用のエンジン研究を始めていて、スポーツイメージをアピールしたいと願っていたアルファ ロメオにとっては絶好のカテゴリーであり、レースシリーズとなっていました。ただし参戦を表明したのはアルファ ロメオの1社のみで、結果的にシリーズが開催されることはありませんでした。
アッパーミディアムな164の中身は完全なレーシングマシンに
FISAの思惑に翻弄された格好となりましたが、アルファ ロメオ164のプロカーレース仕様は、素晴らしいレーシングマシンに仕上がっていました。ベースとなった……正確に言うなら同じシルエットを持ったアルファ ロメオ164は、フィアットが傘下のランチアや、サーブとともに進めてきた共同開発プロジェクトに遅れて参入する格好で“ティーポ4プロジェクト”に参画。1987年のフランクフルトショーでお披露目されたアルファ ロメオのアッパーミディアム4ドアセダンです。
先行した3車=フィアット・クロマやランチア・テーマ、サーブ9000がいずれもイタルデザインが手掛けたスタイリングを有していたのに対し、164はピニンファリーナがデザインしたボディを纏っていました。プロカーレース仕様とは関係ありませんが、164の市販モデル(ロードカー)に搭載されていたエンジンは2L直4のNAとターボ、3L V6、2.5L直4のターボディーゼル。2L直4のNA仕様と3L V6は自社製でしたが、2L直4ターボはフィアット製、2.5L直4ディーゼルは専門メーカーで現在はステランティス傘下のVMモトーリ製が選ばれていました。
同じ164の名を持つプロカー仕様ですが、ロードカー(市販モデル)と全く違ったパッケージで仕立てられています。すなわち、カーボン・コンポジット製のモノコックフレームを採用し、そのリアミッド部分に排気量3.5Lの自然吸気72度V10、ツインカム(V型だから4カム)40バルブというスペックから1万2000回転で600psを絞り出すV10 35ユニットを搭載。
シャシーはブラバムが担当
シャシーを開発したのは、それまでのF1プロジェクトでアルファ ロメオと関係を築いてきたブラバム/MRD。カーボン製のモノコックに組み付けられたサスペンションは前後ともにダブルウィッシュボーンで、プッシュロッドを使ったロッキングアーム式インボードタイプとされていました。
全長とホイールベースは車両規則通りロードモデルと同一の4555mmと2660mmとなっていて、フロントが9.00×17、リアが13.50×17と極太タイヤを装着していたにも関わらず、前後のトレッドも1515mm/1488mmとロードモデルと同サイズです。
車両重量は規定通りの750kgと極めて軽量に仕上がっていて、最高速は340km/h、発進加速は0−400mが9.7秒、0−1kmが17.5秒。0−100km/h加速は2.1秒と最速“ツーリングカー”の名をほしいままにしていました。
レースは開催されなかったのですが、1988年のイタリアGPでは金曜日のフリー走行が終了したあと、リカルド・パトレーゼのドライブによってモンツァを走行。V10の甲高いレーシングサウンドを発しながら330km/h以上でストレートを疾走し、ファンを魅了したと伝えられています。