ドリフトの技を競う「フォーミュラ・ドリフト・ジャパン」の2023年シーズン開幕直前!
皆さんは「ドリフト」についてどのようなイメージをお持ちだろうか? ステアリングを進行方向と逆に切り、派手なスキール音、タイヤスモークを上げ、後輪を滑らせてコーナーを駆け抜ける姿を想像する人は多いと思う。ドリフトの起源はダートような滑りやすい路面を走るラリー競技で、クルマの挙動をコントロールするためのテクニック。タイヤのグリップ性能が著しく低かった1970年頃には、サーキットで速く走るテクニックとしても使われていた。このドリフトをプロスポーツとして2014年からマネージメントしているのが、「フォーミュラ・ドリフト・ジャパン(FDJ)」である。2023年シーズンの開幕前に、FDJのオーガナイザーである岩田和彦氏に、ドリフトの競技としての魅力と審査方法などを伺った。
ドリフトはサーキットで速く走るためのテクニックだった!
ドリフトという言葉を広く一般に知らしめたのは土屋圭市氏で、1984年の富士フレッシュマンレースにおいてドリフト走行で6戦全勝。シリーズチャンピオンを獲得したことで、ドリフトキング(ドリキン)の愛称が生まれたのは有名な話だ。
その後、1980~90年代はクルマ漫画の金字塔である『イニシャルD』で描かれていたような峠で腕を磨く走り屋が数多く誕生し、自動車メディア主催のイベントも多数開催されるなどドリフトは隆盛を極めた。ただし、公道では(当たり前だが)危険行為であり、年を追うごとにさまざまな規制が入ったことで衰退。ドリフトを楽しむステージは公道からサーキットへと変わり、モータースポーツ界のフィギュアスケートとして、「速さではなく美しさで争う」競技として多くのファンを魅了してきた。
ただし、日本におけるドリフトは長らく競技ではなく、「エンターテインメント」と捉えられていた。その状況を打破し、野球やサッカーなどと並び称される本物のプロスポーツを目指したドリフト競技が2014年に日本で発足。それがフォーミュラ・ドリフト・ジャパン(以下FDJ)なのだ。
とはいえ、FDJを含めたドリフトは熱い走りで見る人の気持ちを湧かせたり、驚かせたりはできるが、競技として見たとき、他のメジャースポーツのように、ルール、規則まで理解している人は少ないはず。今回は2023年で10年目を迎えるFDJについて掘り下げ、知られざるプロドリフト競技の中身をオープンにしていきたい。
2023年は6選で競われる
FDJの発起人であり、オーガナイザーの岩田和彦氏は次のように語る。
「日本生まれのドリフトをプロスポーツのひとつとして育成。2004年に厳格なレギュレーションの下、アメリカでスタートした競技がフォーミュラ・ドリフト(以下FD)です。日本でもドリフトを本当の競技、プロスポーツに育てたいという思いから、その仕組みをライセンスごと逆輸入したのがFDJなのです」
FDJの組織は、発祥の地アメリカのFDを頂点とし、日本ではFDJ、FDJ2、FDJ3(2023年シーズンから発足)という4つのリーグで構成。サッカーと同じピラミッド構造で、FDJを例に挙げると、年間ランキングで3位以内に入ればFDに参戦する権利(ライセンス)が与えられ、40位以下はFDJ2に自動降格。代わりにFDJ2の年間ランキングで上位10位以内がFDJに昇格するなど、入れ替えをすることで競技の活性化が図られている。
2023年シーズンは富士、菅生、岡山という国際サーキットが3戦、その他、ドリフトの聖地と呼ばれる福島のエビスサーキット、公道を閉鎖して行う滋賀の奥伊吹モーターパーク、ドリフトのルーツである三重の鈴鹿ツインを含めた全6戦で開催。参戦は年間エントリーのみで、例外を除き、スポット参戦は受け付けていない。海外からの参戦が年々増えており、2023年は5カ国6チームがエントリー。国際色も豊かで、FDへの登竜門として活気にあふれていることから、毎年、約50の参加枠を上回るエントリー数があり、やむなく断っている状況だという。
マシンもS15シルビアや100系チェイサー、FD3S・RX-7など往年のドリフトマシンも参戦するが、最近はGR86/GRスープラ、レクサスIS、RZ34フェアレディZ、BMW2/4シリーズなど現行車両、さらに改造範囲が広いのでWRC(世界ラリー選手権)のWRカーのようにGRヤリス&カローラ、マツダ3をFR化したマシンが登場するなど、世代交代も進んでいる。
車両ごとの性能差を均一化するためのレギュレーション
「走りで人を魅了する」のがドリフトの原点ではあるが、FDJはプロモータースポーツ。FIA(国際自動車連盟)公認レースと変わらぬ厳格なルール下で、運営されているのはFDも同じだ。
一例を挙げると、タイヤのレベルはシビアにコントロール(適正化)されている。FDJで使用するタイヤは、アメリカ本国での検査(完全にバラされ、比重、硬度、摩耗、抵抗値などまで確認)が実施され、FDが定めた基準をクリアする必要がある。抜き打ちテスト(これもアメリカに輸送され、承認タイヤと相違ないかをチェック)も頻繁に行われ、仮に申請したタイヤと異なっていた場合は、重大なペナルティが下される。タイヤの幅や直径も制限があり、日本の場合、幅が285サイズ、径は19インチまでとなっている。
ちなみにFDJ2とFDJ3のタイヤはそれぞれワンメイク(現在は横浜ゴムがサプライヤー、市販タイヤがベースだが、公道で使えない競技専用品)。これは、仮にクルマにパワー差があっても、タイヤのグリップ力以上の性能は引き出せない理由から、同条件のタイヤをどう使いこなすか、チームのマネージメント力を鍛える狙いがある。FDJは競技の運営だけでなく、日本のモータースポーツを育てることを念頭に置いた考えも持ち込まれている。
その他、エンジンや使用燃料については制限が設けられていない(1000㎰オーバーのマシンもざら)が、ボディについては市販のモノコックに限定。サスペンションの取り付け位置、ジオメトリーなどの変更は不可で、ロールケージもクラッシュ時にドライバーを保護するためのアンチイントリュージョンバーを含めた8点に制限されるなど、車両ごとの性能差を均一化するため、細かくレギュレーションが決められている。
審査基準を簡単に説明すると
また、速さやタイムで勝敗が決まるレ―スやラリーなどと異なり、芸術性、正確性、パフォーマンス性などがより重要視されるFDJはどのように勝敗が決まるかが、分かりにくい。そのため、一般的なモータースポーツのテクニカルレギュレーション(車両規則)、スポーティングレギュレーション(競技規則)の他に、ジャッジレギュレーション(審査規則)が明文化されているのも特徴だ。
競技は基本2日間で行われる。初日の予選は個人競技となる単走で32人までふるい落とされる。翌日の決勝はタンデム(追走)と呼ばれる1対1のトーナメント型式で互いの技を競い合い、勝者を決める。スタートからフィニッシュまでの決められたコース内にセクターと呼ばれる審査エリアが複数あり、そのエリアをどのようなライン、姿勢で通過したかを3人のジャッジが100点満点からの減点法で評価するのが基本。
予選での審査は「ライン」「角度」「スタイル」の3点で審査される。それぞれの審査基準は下記の通り。
・ライン(30ポイント):車両の後部で外側のゾーンやタッチアンドゴーエリアを通過する技術と、車両前方で内側のクリッピングポイントへ果敢なアプローチをする技術
・角度(30ポイント):ドライバーが、振り出しポイントから深い角度を維持しながら、コースを完走する能力
・スタイル(40ポイント):コース全体で車両をどのように操縦するかを審査。スタイルの審査は、「コミットメント」と「流動性」の2つに分かれている。コミットメントとは、コースに対して前向きに、積極的に、果敢にアプローチする姿勢を指し、流動性はどれだけ早く角度を付けたか、どれだけスムーズに角度を付けたか、またドライバーが望ましい角度を付けたかどうかという点と、コース上で車両の動きが安定していたかを審査する。
走行は予選、決勝ともに各2回。予選の単走はいかに正確な走りをしたかが審査され、得点の高かった走行を基準に順位が決まる。決勝の追走は2台同時で走り、リード(先行)はブリーフィングで提示された走行要件を満たす走りを目指し、チェイス(後追い)は後からリードの走りを模範しつつ、リード以上の走りを追求する。2回目は先行と後追いを入れ替えて走行し、どちらの走りが良かったかをジャッジ。勝敗が決まる。
曖昧さを排除した厳格な審査
「3人の審査員は総合的に見るのではなく、それぞれの審査ポイントの精度を高めるため、個別に見る完全分業制で、毎戦審査員がジャッジするポイントをシャッフルすることで、同じような結果(配点)にならないように工夫しています。また、競技前のブリーフィングではコースレイアウトはもちろん、満点の走り方、各セクターの点数(減点)について事細かに説明し、ドライバー/チームの理解(納得)を得た上で、競技に参加してもらえる体制を取っています」
そう語るのは、ドリフト界のレジェンドドライバーの1人で、現在はFDJの審査員&イベントディレクターを務める今村陽一氏。
ちなみに審査員は今村氏のような経験、知識ともに豊富な元ドライバーが抜擢され、ライブ配信用のカメラ、ドローンを駆使して、スモークなどで審査員が見えなかった場合などのフォローを含めて、結果にコミットする体制を整えている。
「最初は普段見られない、ダイナミックな走りに気分が高まると思いますが、30分も見ているとその感動も薄れてきます。ただ、ルールを覚えれば、知らなかったときは競技に対する見方も変わりますし、楽しみが何倍にも膨れるはずです。
われわれの理想は来場者いただくお客様の一人一人が審査員になってもらうこと。そのために今シーズンは審査方法などを説明するアニメーションを製作し、競技前に会場のモニターで紹介。FDJについてより理解を深めてもらうための試みも予定しています。多くの方にファンとなっていただくことが、プロモータースポーツとして認知される第一歩となるのは間違いありません」
と、オーガナイザーの岩田氏は語る。加えて、モータースポーツは危険と隣り合わせのイベントで、何があっても自己責任であることが前提ではあることはFDJも他の競技も変わらない。ただ、無責任に開催するのではなく、来場者全員に対して傷害保険に加入するなど、最低限の保証はFDJが担保する。選手と来場者の距離を近づけるために行っているオープンパドックも、安全に対する考えをエントラントと共有し、責任を分担。安心安全に競技を楽しんでもらえる環境作りを整えている。これもFDJの取り組みのひとつだ。
2023年シーズンの見どころは?
最後に今シーズンの見どころについて今村氏に話を伺った。
「FDのトップドライバーの一人であるマッド・マイク選手のフル参戦がトピックでしょう。シーズン後半からはマツダ3に4ローターエンジンを搭載した新型マシンが投入される予定で、こちらも注目です。また、新型のレクサスIS500パフォーマンスをベースとした車両が、4~5台参戦することも決まっています。レクサスからのバックアップを得て、マシンメイクや体制を強化。さらにFDとFDJにダブルエントリーするケン・グシ選手のドライブも決定しており、初年度からどこまで上位に食い込めるか、期待ですね。日本人では2022年、13歳でFDJにステップアップし、第5戦の岡山国際サーキットで並み居るベテランドライバーを抑え、単走で1位を獲得。非凡な才能を見せた箕輪大也選手は覚えていてほしいドライバーの一人です」
箕輪選手以外にも下位カテゴリーであるFDJ2にも自動車免許を持たない10代の有望ドライバーの力が少しずつ芽生えている。また、FDJ2からステップアップしてきたドライバーやチームがFDJでどこまで通用するか、そうした部分も楽しみのひとつだ。
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今回のインタビューを通じて、FDJはこれまでドリフトに抱いていた“カッコよさを競う興業”というイメージとは異なり、しっかりとマネージメントされたプロスポーツであることが理解できた。個人的にもルールや規則を学んだことで「足を運び、その世界に触れてみたい」と興味が惹かれたのは素直な感想だ。FDJの第1戦は2023年4月22、23日の鈴鹿ツインサーキット。ドライバーアスリートが正確な技術と芸術性を競い合う白熱の舞台はまもなく開幕する。
●詳しく知りたい人はこちら
・FORMULA DRIFT JAPAN
https://formulad.jp