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24年38万キロ走ったトヨタ「コースター」のオーナーはカメラマン! 仕事も子育ても1台でこなすバンライフを紹介します

1999年式トヨタ コースター超ショートとオーナーの新川治朗カメラマン

クルマ雑誌の名物カメラマン、今は大阪で写真館を営む

20年以上前からクルマのイベントに行っている年季の入ったカスタムカー・ファンなら、この人なつこい笑顔に見覚えがあるのでは? おもに関西以西を中心にイベント取材に大活躍した新川治朗カメラマンだ。「最近、見かけないけど、元気かな?」と思っている方、ご安心ください。今も新大阪駅近くの写真館を元気に切り盛りしています。

新川カメラマンといえば、愛車のトヨタ「コースター」がトレードマーク。今でこそメジャーになった車中泊の先駆けで日本列島を駆け回った。当時は1年間に4万kmくらい走っていたというから、凄まじい。このコースターが今も現役で、オドメーターは38万8000kmを超えたという。さっそく会いに行くことにした。

愛車のマイクロバスは自分でまめにメンテナンス

久しぶりに会った新川カメラマンは「どうも~!」と、まったく変わらない気さくさ。コースターも元気に出迎えてくれたが、さすがに撮影用に設置されたルーフキャリアはステーが錆びてエイジングを感じる。ステアリングを切ると、「キ~っ」とセクシーな音。車中泊用に車体後部の窓をパネルで「簡易窓埋め」しているためか室内は薄暗く、そこはかとなくホームレス感が漂っている。

「まあ、体の一部っていうか、長年住んでる家みたいなもんです」

それでも、オイル交換はじめ、自分でまめにメンテナンスを行っているため、新車から24年乗り続けても機関はいたって好調という。過去の最大の修理歴はデフの交換だ。

「それも、ヤフオクでデフを買って、自分でやりました。はい、そこ、ガレージの前の路上です」

なんと、公道でデフを下ろして交換したというのだから驚く。それを聞けば、ジェネレーター、ラジエター、ウォーターポンプ、ブレーキローターの交換など軽いものだ。

「オイル交換するのにウマをかけると、夏の暑い日は道路に足跡がつくんです」

やりたい放題のカーライフなのである。

80年代にバンライフに開眼、ホーミー、ハイエース、コースターと乗り継ぐ

若い頃はタダ同然のポンコツを右から左に乗り継いでいた新川さんがバンライフにハマったのは、1980年代の半ば。ちょうど子どもが生まれ、雑誌の取材の仕事を始めるころだった。

「日産のホーミーを買って、キャンプなんかにしょっちゅう行くようになりました」

その後、ハイエースに9年乗り、コースターを購入したのが1999年。新川さんはバンライフで3人の男の子を育て上げたことになる。ところで、コースター購入のきっかけは何だったのだろうか。

「バニングのイベントでセカンドシートとサードシートを対面にして食事をしているキャンパーを見て、楽しそうだなぁ。マイクロが欲しい! って、ひと目惚れしたんです」

仕事も絶好調で、子どもも大きくなってきた。ハイエースよりひと回り大きなクルマが欲しいという気持ちはよく分かる。

希少なコースター超ショートにこれからも乗り続ける

「でも、駐車場の問題があって悩んでいたら、全長がスタンダードより75cm短いモデルがちょうど発売になったんです。これだ! って思って飛びついちゃいました。納車されてみたら、トヨタが11台目にラインオフした個体でした」

ハイエースより幅が30cm広く、全長5m50cmという手頃な長さ。7mあるロングに比べると1m50cm短いことになる。欲しかったサイズのクルマが目の前に現れたというワケだ。

「カタログに載っていたモデル名は“超ショート”。24年間で見かけたのは10台以下、かなりの希少車だと思います」

当然、キャンパー仕様に改造し、取材にプライベートにコースターは走りまくった。北海道にこそ渡っていないが、北は青森に3回、南は鹿児島まで、道が続くところはガッツリ行き尽くした。

息子たちもみんな所帯を持ち、長距離ドライブは年に1、2回になったそうだが、今は趣味のオフロードバイクを積んで川原などに出かけている。

「人生の相棒ですね。乗り換える気はまったくありません」

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