シンプルすぎる姿のまま愛され続ける英国ライトウェイト・スポーツカーの名作
AMW編集部員がリレー形式で1台のクルマを試乗する「AMWリレーインプレ」。英国ライトウェイト・スポーツカーの極北と言うべきケータハム「セブン」のなかでも「史上最軽量」をうたう「170R」をお題に、今回は番外編をお届けする。1981年式のケータハム「スーパーセブンGTスプリント」に30年以上も乗り続けている自動車ライター、長尾 循氏に、最新のセブンに乗ってベテランオーナーの目線でレポートしてもらった。
1957年に「ロータス・セブン」として誕生
ロータス「エリート」とともに1957年のロンドン・ショーにてデビューしたロータス「セブン」。この2台のスポーツカーは非常に対照的で、エリートが四輪独立サスペンションにFRPモノコック・ボディという非常に凝った設計の革新的なスポーツ/GTクーペだったのに対し、もう一方のセブンは前任のロータス「マーク6」のコンセプトを発展させたもの。すなわち、財布の軽い若者がクラブマンレースを楽しむために生まれた一種の「パーパスビルド・マシン」で、チューブラーフレームにアルミの外皮を貼ったシンプルな構造の、走る機能以外は何もついていない軽量スポーツカーであった。
イギリスの多くの小規模スポーツカー・メーカーの例に漏れず、ロータス・セブンもまた自動車購入時にかかる物品税が免除されるキットカーの形態でも売られたので、多くのセブンはバラバラのパーツとして販売され、購入者が自宅のガレージで完成させた車両も多い。
その後セブンは1960年には量産化に適した改良と少しだけロードユースも考慮した性格に振ったシリーズ2、1968年にはさらにシャシーを強化したシリーズ3、そして1970年には当時アメリカ西海岸を中心に流行を見せていたバギーのイメージをとりいれたシリーズ4へと進化していった。その進化の途中、高性能エンジンを搭載したモデルがラインナップに加わると、それらは通常モデルと区別されスーパーセブンと呼ばれた。
デビュー以来、唯一無二のピュアスポーツとして根強いファンに支えられてきたセブンだったが、つねに「次の一手」を追い続けるロータスの総帥、コーリン・チャップマンからすれば、1950年代生まれのスパルタンなセブンは1960年代後半時点で「すでに過去のもの」。1973年、ロータスはついにセブンの生産を中止して、すでに量産が軌道に乗っていた「ヨーロッパ」をその後継車に据えた。
ケータハムがセブンを引き取ってから50年
ここでロータス・セブンの歴史には終止符が打たれるのだが、セブンの販売代理店であったケータハム・カーセールス(当時)のグラハム・ニアーンは、まだこのスポーツカーのニーズは根強いと判断。チャップマンと交渉の末、セブンのパーツと生産設備、一切合切の権利をロータスから引き取り、「ケータハム・スーパーセブン」として生産・販売を担うこととなった。ここにセブンの第二の歴史がはじまったのである。
ちなみにロータス時代は通常モデルが「セブン」、高性能バージョンが「スーパーセブン」と使い分けられていたが、ケータハム時代となってからは搭載されるエンジンに関わらず基本的には全て名称が「スーパーセブン」に統一された。
2023年は、ケータハムがセブンの権利を受け継いでからちょうど50年という節目の年となる。いっときは全て「スーパーセブン+グレード名」だった車名も、現在では「セブン170S」とか「セブン480S」など、ふたたびスーパーの文字が外されて「車重1tに対する馬力数」がグレード名となっている。
ともあれケータハム・スーパーセブン/セブンの造られ続けてきた時間は、すでにロータス・セブンの歴史の3倍以上となっているのである。このことは、セブン乗りのはしくれとしても感慨深いものがある。
筆者の愛車は1981年式スーパーセブンGTスプリント
いや、申し遅れたがじつは筆者、ケータハム・セブンならぬ「ケータハム・スーパーセブン」のオーナーなのである。所有しているのは1981年式でグレードは「GTスプリント」。当時はロータス・ツインカムに代わって登場したBDRエンジン搭載モデルが最強グレードで、その下が1.6L OHVのフォード・ケント・ユニット+ツインキャブのGTスプリント、そしてベーシック・グレードがケント+シングルキャブのGTと、基本、全部で3グレード。松竹梅、みたいなシンプルなラインナップだった。で、そのGTスプリントを1986年に中古で手に入れて以来、ずっと乗り続けているわけであります。
そんな筆者がケータハムの最新モデル、ケータハム・セブン170に乗る機会を得た。セブン170とは、ご存知のようにスズキ製660ccエンジンを搭載し、日本の軽自動車規格に収まるように車幅を狭めたモデルで、ロードユースを前提とした170Sと走りに特化したケータハム史上最軽量の170Rの2車種がラインナップされている。そして今回の試乗車は、よりスパルタンな170Rの方。
ケーターハム・オーナーとしては今回の試乗はどうしても「同じケータハム・セブンでも最新モデルと40年前のヤツはどう違う?」という視点になりがちなのはご容赦を。
旧型より100キロ軽くても剛性感しっかり
セブン170Rが待つ取材場所まで自分のGTスプリントで向かったのだが、その片道30分ほどの距離でも旧いセブンでのドライブは十分楽しい。というか、それなりにスパルタン。かつては締切が明けると峠に遊びに行ったり、サーキット走行会に出かけたりしていたが、還暦を過ぎたオジサンにとってはいまや都内近郊のこの程度の移動距離でも、それらに匹敵するほど濃い時間が味わえる。ベニヤ合板に載せたスポンジをビニールで覆っただけの簡素なシートに揺られて目的地に到着。
駐車場で初めて会った170Rは、やはり小さい。いや、ボディが軽自動車規格に収まるようにリアフェンダーの幅が詰められている以外はうちのセブンと同じはずなのだが、フロントウインドウの代わりに取り付けられたエアロスクリーンやハイバックのシートなどが、視覚的にこの170Rをより低くコンパクトに感じさせる。これが同じ軽自動車規格のセブンでも、ロードエクイップメントを充実させた170Sであれば印象はもう少し違ったものになるだろう。
まずは170Rに乗り込んでみる。身長175cmのコーリン・チャップマンが自分の体格に合わせてサイズを決めたと言われる、必要最低限のコクピットの寸法はロータス時代からほぼ同じ。足元のペダルボックスもタイトでABCペダル同士の間隔はごくわずか。先の細い靴でないとアクセルとブレーキを同時に踏んでしまうほどだ。
170Rの車重はじつに440kgと筆者のセブンよりもさらに100kg近くも軽いが、かといって「ペナペナ感」は全く感じられず、コクピット全体も高い精度と密度で作り込まれており、いまや「バックヤードビルターの手作り感」はない。各部に多用されたカーボンパーツやアナログながら近代的な意匠のメーターパネル、ハイマウント・ストップランプや自動ロック式巻取りシートベルトなどの近代的な装備の数々も、2020年代生まれの新車であることを感じさせる。
無邪気な軽やかさはどこかテレビゲーム的
実際に走り出してみると、さらに最新のクルマであることを強く印象付けるのがエンジンだ。スズキから供給を受けてケータハムが独自のセッティングを施した658ccの直列3気筒DOHCターボは最新のジムニーと同じもので、オイルのシミやキャブレターの息継ぎ、ガスの吹き返し、もちろん排気ガスの匂いなどとは一切無縁のジェントルな日本製インジェクション・エンジン。パワーは85psと軽量ボディに対しては十分以上で、アクセルを軽く開けるだけで軽快に、飛ぶように加速していく。
その無邪気な軽やかさはどこかテレビゲーム的でもあり、大馬力エンジンを搭載した旧いセブンが湛えていた「優れた動力性能と引き換えに貴様の命を差し出す覚悟はあるか?」みたいなヤバい印象は、ない。
走るための装備以外は何も持たないスパルタンなピュア・スポーツ、ケータハム・セブン。その軽量・シンプルという原初のコンセプトを究極まで突き詰めた170Rは、1957年にデビューした初代ロータス・セブンに最も近く、しかしそのコンセプト以外はまったく別物の、天下無双の最新ライトウェイト・スポーツカーであった。