“PARIS”オークションに出品されたミウラ
ランボルギーニ「ミウラP400」とその進化バージョンたちは、いわゆる“スーパーカー”という概念を構築した名車として、クルマ好きなら誰もが憧れる存在。特に2010年代中盤以降は、クラシックカーの国際市場における人気・評価ともに、もっとも急成長を遂げたモデルの一つにもなった。そんな状況のもと、クラシック/コレクターズカー・オークション業界最大手のRMサザビーズ欧州本社が2023年2月1日に開催した“PARIS”オークションでは、クラシックカートレードショーの世界最高峰“レトロモビル”に訪れる目の肥えたエンスージアストを対象とした、レアなクラシックカー/コレクターズカーたちが数多く出品されたのだが、今回はその中から1969年型「ミウラP400S」をピックアップさせていただくことにしよう。
世界初のスーパーカー、ランボルギーニ・ミウラの改良版
1965年、ランボルギーニのサンタアガタ・ボロネーゼ本社ファクトリーの実験工房において、ジャン・パオロ・ダラーラやパオロ・スタンツァーニ、ボブ・ウォーレスなど、のちにレジェンドとなる若手エンジニアたちが、課外活動的に開発した革新的なプロトティーポの最終工程を秘密裏に手掛けていた。しかしこの時製作された試作車が、半世紀以上の時を経た現在に至るスーパーカー軍拡競争に火をつけることになるとは、彼らの誰もが予想していなかったことだろう。
リアミッドシップエンジンのプラットフォームは、スポーツカーの走行性能とハンドリングに新基準を打ち立てたこと。そしてベルトーネの手によるエキサイティングなスタイリングも相まって、V型12気筒のランボルギーニは「世界初のスーパーカー」と評され、史上最も長く愛されるスポーツカーのひとつとなった。
1965年トリノ・ショーにて、のちに「TP400」名で呼ばれることになるローリングシャシーとして発表され、その後、1966年のジュネーブ国際モーターショーでP400に近いボディつきのプロトティーポとして発表されたミウラは、世間の圧倒的な支持を獲得。フェルッチオ・ランボルギーニも、このスーパーカーは一定数を生産されるべきと判断した。
こうしてオリジナルにあたるP400ミウラは、あっという間に275台が生産されることになった。そして、TP400の発表から3年後となる1968年トリノ・ショーで初公開されたのが、改良型にあたるミウラP400Sだった。
ミウラP400Sにおける外観上の変更点は、ベルトーネの紋章を象ったバッジの変更、ヘッドライトベゼルとウィンドウトリムのクローム化など、比較的軽微なものであった。いっぽうインテリアではシート表皮の変更に、ルーフに配されたスイッチレイアウトの変更、パワーウィンドウの追加、ランボルギーニ初となるエアコンのオプション設定など、より大きな変化がもたらされていた。
横置きされる4L V型12気筒エンジンは、初代P400と基本的に変わらないが、カムシャフトやチューニングを変更したことによって370psを発生させ、最高速度は276km/h(スペック上の数値はほかに複数あり)を達成することができるようになったといわれている。
著名コレクターのもとを渡り歩いたミウラP400S
2023年2月の“PARIS”オークションに出品されたシャシーNo.#4155は、338台が生産されたといわれるミウラP400Sとしては、比較的初期に作られたものの1台。“ロッソ・ミウラ”と名づけられた濃いめの赤のボディに、黒のビニールレザー&ベージュのファブリックによるコンビ内装を組み合わせ、1969年8月6日にランボルギーニのサンタアガタ本社工場からラインオフした。
ファーストオーナーとなったのは、それ以前にP400を所有していたヴレヴィリエーリ博士。しかし、1970年1月にピエトロ・マンフリナート博士に売却されるまでの数カ月間のみをともに過ごしただけに終わった。
1971年4月にはウバルド・ガルデッリ氏が入手。同氏は1982年1月に“サッソ・カー”有限会社に譲渡されるまで、10年以上にわたってこのミウラを所有した。さらに1986年1月には、ボローニャ在住の著名なコレクターであるピエル・パオロ・アピチェッラ氏が購入した。このアピチェッラ氏の所有時代、1990年代半ばにボローニャのスーパーカー/クラシックカー専門工房“オフィチーナ・サウロ”社によって、初の修復が行われたと考えられている。
1999年には、当時ヨーロッパで最も重要なコレクションのひとつと目されていた“ニュッティ・コレクション(Gnutti Collection)”に加えられたのち、2014年5月に今回のオークション出品者でもある現オーナーへと譲渡されるに至った。
バルボーニ監修のもとのアップデート
そして2015年には、コンクール・デレガンスにふさわしい状態に仕立て直すためのレストア作業が行われることになる。現オーナーは、ランボルギーニの元チーフテストドライバーであるヴァレンティーノ・バルボーニ氏と密接に協議し、必要な改善点を明確化。添付されたヒストリーファイルの請求書からも明らかなように、モデナ近郊サルヴィオリにある“トップモーターズ”によるエンジンのオーバーホールを含む、3万1528ユーロ相当の整備を受けた。
くわえてこのレストアに際しては、VBことバルボーニ氏の助言により、ドライビングエクスペリエンスを向上させるため、後輪にはよりワイドな「P400SV」用ホイールとベンチレーテッド式ディスクブレーキが装備されている。
同じミウラでも、技術的に大幅な改良がくわえられた最終進化形にして、よりアグレッシヴないでたちのP400SVは3億円以上で取り引きされる事例が多いいっぽう、ヘッドライトに“まつ毛”のあるP400Sこそがミウラの決定版であると考えるサンタアガタ愛好家も少なくはないようだ。
しかしこの個体は、来歴やコンディションの面では申し分のないP400Sながら、昨今における同モデルのハイエンドよりはちょっと安めの158万ユーロ(邦貨換算約2億3500万円)で落札されることになった。
こういった大規模な国際オークションで入札が伸びない理由は、会場の雰囲気が予想ほどには盛り上がらないなど様々なものがあるのだが、この個体については、もしかしたらブレーキや後輪に施されたアップデートが、“ポロストリコ”的観点からすればオリジナリティを損ねていたという可能性も否めない。
それもまた、高級クラシックカーのオークションの難しくも面白いところなのであろう。