来場者数では世界一となっている「バンコクモーターショー」
2023年3月22日~4月2日の12日間、タイの首都バンコク郊外にある国際展示場IMPACT(インパクト)で第44回「バンコク・インターナショナル・モーターショー」(以下バンコクモーターショー)が開催された。日本ではあまり知られていないかもしれないが、実は来場者では世界一。どんなモーターショーなのか、実際に現地を取材したモータージャーナリスト斎藤 聡氏のレポートをお届けしよう。
各国自動車メーカーの工場が集まるタイは「アジアのデトロイト」
東南アジアの自動車メーカーもない国でモーターショー? と思われるかもしれないが、じつは、タイは自動車メーカーの企業誘致に積極的な政策を施していて、トヨタ、日産、ホンダ、ミツビシ、スズキ、マツダ、いすゞ、日野と、国産主要自動車メーカーの多くが製造工場を持ち東南アジア地域の拠点となっている。このほかにもメルセデス・ベンツ、BMW、フォード、ヒュンダイと多くの自動車メーカーが組み立て工場を持つ。タイはアジア有数の自動車生産国なのだ。
そんなタイで44年にわたって開催されている歴史あるモーターショーであり、出展メーカーも4輪・2輪合わせて40社以上。タイ初登場の新型車、特別仕様車も40モデル以上と充実している。
世界的に見ると先進国各国のモーターショーはその規模が縮小傾向にあって、いまひとつ盛り上がりに欠けているように見えるが、東南アジアでは今ようやく所得水準が上がってきて、自動車がぐっと身近な存在になってきたところ。それだけにクルマに対する注目度は高く、モーターショーも欧米とは別世界? と思えるほどの盛況ぶりを見せている。
主催者発表によれば、今年のバンコク・インターナショナル・モーターショーの来場者は162万人で、コロナ明けで待ち望まれて開催した2022年の160万人とほぼ同じ。人気と注目を集めている。
その場でクルマを買えるのもイベントを盛り上げる要素
バンコクモーターショーが人気を博している理由のひとつに、このショーがトレードショーという側面を持っていることが挙げられる。来場者が気になるクルマを間近に見たり、実際に触ったり乗り込んだりして、その場でクルマを購入(予約)することができるところにあるのだ。メーカーもショーに合わせて低金利キャンペーンなどを行っており、華やかなショーで盛り上がった気分をさらにくすぐってショーでクルマを買う気分をいよいよ高めているのだ。
昨年はコロナ禍による規制が緩和され開催されたイベントだったこともあって、とりあえずクルマを見に行こうと来場した人が多かったが、今年は買う気満々で来場した人がぐっと増えているということなのだろう。会場が熱気にあふれていると感じたのは決して錯覚ではなかったのだ。
タイ政府のEV優遇政策に中国メーカーが殺到
筆者自身は、コロナ禍でバンコクモーターショーを3年ほどお休み。コロナ禍が明けて久々に訪れたバンコクモーターショーだったわけだが、ショーは以前にも増してにぎやかで、タイのモーターリゼーションがさらに高まっているのを強く感じた。
興味深かったのは、中国EVメーカーが4社も出展していたことだ。MG(上海汽車傘下)、GWM(長城汽車)、BYD(比亜迪)、それに新興メーカーであるNETA(那吒汽車)が出展していた。
なぜ短期間に中国メーカーが増えたのだろうか。これにはいくつか理由があるのだが、最大の理由は、アジアのデトロイトを標榜するタイ政府がEVに関して積極的に支援する政策を打ち出したことだろう。
2016年から始まった中国の新エネルギー車政策によって、中国では内製化と低価格化が進んだ。その一方、2024年から中国国内での新エネルギー車購入の補助金が打ち切りとなり、中国国内での販売台数の拡大が厳しくなる。そのため、販路を外に向けたところ、タイミングよくタイ政府のEV政策に乗ることができた、という見方がある。
タイでは電動車優遇政策として、物品税もガソリン・SUVが25%、SUV・ディーゼルが20%と高価なのに対し、ハイブリッド4%、BEV(バッテリーEV)2%と、電動車の物品税が大幅に安くなっている。
しかも、中国メーカーについては、ASEANと中国の間に自由関税協定が結ばれていて中国からの輸入車は関税0%になっている。東南アジア、ASEAN地域、オセアニア向けの生産拠点として考えたとき、多くの部品メーカーがタイに拠点を置いており部品調達が容易なことも大きな魅力だ。海外生産拠点として理想的なのだ。
ちなみにMGの上海汽車は2013年から、GWMも2021年から工場を稼働している。GWMはディーラー網を構築し、また充電施設なども積極的に作ることで、タイ国内への浸透を図っている。
日本メーカー各社も負けじと新モデルを投入
もちろん日本メーカーも力が入っていて、三菱は次期「トライトン」のほぼ市販仕様となるピックアップトラックのコンセプトカー「XRTコンセプト」をワールドプレミア。日本から加藤隆雄社長も駆けつけスピーチを行った。
トヨタでは、「ハイラックス」をベースにしたBEV「ハイラックスRevoコンセプト」や新型「プリウスPHEV」を出展。またLPGハイブリッドの「ジャパンタクシー」のタイバージョン「LPG HEV TAXIコンセプト」や、トヨタ「カローラ クロス水素コンセプト」なども展示されていた。
ホンダからは2022年に北米でデビューした「CR-V」(日本未導入)を発表。マツダも「MX-30」のロータリーエンジンを発電機にしたPHEVとBEVを発表するなど、発売を前提にした魅力的なクルマを出展していた。
というわけで、出展する方も、見るほうも熱が入っていて、見ごたえのあるモーターショーだった。
現在のところ、タイの人々のEV熱はまだまだこれから
ちなみに、バンコクモーターショーはトレードショーでもあると書いたが、今年のショー期間中の自動車の予約台数は4万2885台! 前年比で34.4%増を記録した。そのうちエンジン車が3万3651台。EVに分類できるクルマが9234台だった。
中国メーカーの台頭や、タイ政府のEV政策などの影響で、もっとBEVやHEVの販売台数が伸び、EV化の波が押し寄せているのではないかと思っていたのだが、「徐々に」といったニュアンスで、EVが新しい動力として歓迎されている、という空気感ではなかった。
ひとつには、タイでは日本メーカーの工場が多く進出していることもあって、日本車比率がとても高く、日本メーカーがBEVにはまだそれほど積極的ではない(生産車ベースでいうと)ので、それが市民感覚にも反映されているのかもしれない。
ただ、タイ政府のEV政策や中国メーカーの進出などを考えると、この先もずっとこの状況が続くかどうかはわからない。
かつてバンコクの街の中にはピックアップがあふれかえっていたのだが、2010年、タイ生産の日産「マーチ」の登場を境に、オセロの駒がパタパタと反転していくかのように小型乗用車に置き換わっていった。
巷の空気感としては、エンジン車が依然として強く、電動車もハイブリッドまでといった印象だが、あの時と同じように堰を切ったように電動車の勢いが加速する可能性もないとは言えない。
そんな不思議な空気感が今年のバンコクモーターショーにはあった。