日本到着までの2カ月の間、僕はちょっとばかり葛藤していた
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第5回は「遅く走ってみることからはじめよう」をお届けします。
バスケット付きで船積みされるターコイズ号
チンクエチェント博物館の伊藤代表が次の連絡をくださったのは、暮れも押し迫った12月27日のことだった。「通関などに問題がなければ12月31日にジェノヴァ港を出港、シンガポール経由で、日本には2月10日頃に着くことになると思います」と記されていた。
添えられてた写真には、コンテナに積むために前後のバンパーが外されたターコイズブルーのチンクエチェントが写ってる。フロントフードがうっすら開いた状態のその顔は、ラッシャー木村のモノマネをしてるでこっぱちみたいで、その表情がヤケにかわいく思えた。
……あれ? と思ったのは、ピンボケの後ろ姿の写真を見たら、バスケットを背負ったままになってたことだった。リアのエンジンフードに組まれた金属製のキャリアに取り付けられている、籐と革でできたバスケット型のトランク。これってクリスマス仕様にするためのデコレーションじゃなかったのか?
このバスケット、装いがよりクラシカルになって雰囲気がいいということで、一部のチンクエチェント・ユーザーにはとても人気があると聞いたことがある。それにフロントフードの下のラゲッジスペースがとてもじゃないけど大きいとはいえないから、ほんの少しでも荷物を入れる場所を余分に確保できるのはありがたい。雨に降られたらもちろん中身もグショ濡れになっちゃうけど、その前提で荷物を入れればいいわけだし、そもそも雨が降ってる中に乗って出たくなるクルマじゃないもんな。いや待て、これはもしかしたらアルドさんが外し忘れちゃっただけなのかもしれないぞ。
だけど、いずれにしてもこれは取り外してもらわなきゃな、と思った。というのも、僕はこのターコイズブルーのかわいいヤツを日常的に走らせられるようになって少ししたら、「週刊チンクエチェント」以外でも活躍させたいな、と考えてたからだ。そのためには、クルマは可能な限りオリジナルな状態、可能な限りノーマルであることが望ましい。かわいいし雰囲気もいいけど、バスケットはない方がいいのだ。
メディアカーとしても活躍してもらおう
いや、僕はいったい何を考えていたか。ぶっちゃけ、僕が長期で預かることになったのは本当に嬉しいし、ありがたい。でも、なんだかひとりだけいい想いをさせてもらうみたいで恐縮する気持ちもあり。そんなところから、このクルマをメディアカーとしていろんな雑誌やWEBメディアに使ってもらうようにしよう、と思いついたわけだ。
若い編集者はとくにそうだろうし、ベテラン編集者の中にもチンクエチェントに触れたことがないという人は結構いるんじゃないか? 自動車雑誌に長年携わった後にWEBに転向した、経験豊かな編集者である西山くん(=現AMW編集長)ですら、あの日まで未体験だったのだ。しかも、思い切り笑顔だったじゃん!
とりわけ自動車メディアに関わる人にとっては、必ずや何らかのいい経験になることだろう。それは「クルマってこんなにシンプルでも成立しちゃうのか」という驚きかもしれないし、「50年前の人って運転が上手かったんだな」という気づきかもしれないし、「考えたことなかったけど現代のクルマって本当に凄い」という感銘かもしれない。何だってかまわないけど、そこで感じたことがメディアの仕事に携わるうえで血となり肉となることは間違いないし、作るページが賑やかになることだって間違いない。
チンクエチェントがいろいろなメディアに登場するようになれば、めぐりめぐってチンクエチェント博物館の理念の具現化に少しは役に立てるかもしれない。ついでにいえば、乗った人にコメントをいただいて「週刊チンクエチェント」のネタ枯れを防……いやいや連載の記事に幅をもたせることもできるだろう。WIN×WINなんかじゃない。WIN×WIN×WINじゃないか──と、まぁそんな具合だ。よし! と思ったメディアの方、いつでも連絡ください。全力でサポートします。もちろん無料で。