なんて美しくて楽しいクルマ……! でも、安易に勧めるつもりもありません
当連載の慣例にしたがってテストドライブと銘打ってはいるものの、じつはこの青い2000年型イプシロン・エレファンティーノ・ブルは、筆者にとっては慣れ親しんだクルマ。日本唯一のR-R/ベントレー専門の私設自動車博物館「ワクイミュージアム」の創設者、涌井清春氏が新たなチャレンジとして開設した「ブリストル研究所」の社用車として活躍しており、同研究所メンバーでもある筆者は、以前からけっこうな頻度でステアリングを握っているのだ。
とはいえ、たとえ乗り慣れたクルマであっても、この小さなランチアを走らせるという行為はつねに新鮮な喜びとなるようだ。
まず視覚的な面からも、初代イプシロンは本当に魅力的。かつては、スタイリッシュながら個性的すぎるかのような意見が大方を占めていたようにも記憶しているが、現在の眼で見るとコストを度外視したかのようなパネル構成や、複雑ながら流麗な線と面は、量産車でありながらもまるで現代アートのよう。「美しい」という言葉を積極的に使いたくなってしまうデザインは、あくまで筆者の私見ながら名匠エンリコ・フミア氏の最高傑作と断じてしまいたい。
そして走りという側面についても、このクルマの個性は際立つ。エレファンティーノ・ブルに搭載される1.2L版シングルカムFIREユニットの出力は、スペックの上ではわずか69psに過ぎない。ところが絶対的な軽さによるものなのか、走りっぷりはその数値を疑わせるほどに快活。一般道でも高速道路でも、流れをリードするのは容易である。
また、たとえば同時代のアルファ ロメオ製「ツインスパーク」のごとき高回転時の切れ味や官能的なサウンドこそ望めないながらも、実用エンジンとしてはなかなかのスポーティな資質を持つ。この個体は5速マニュアル仕様車なのだが、四半世紀前のシンクロ機構とクラッチを労わるつもりでダブルクラッチを踏み、軽くスロットルを煽れば「フォンッ!」と気持ちよく決まる。
スポーティグレードのわりにはタコメーターの備えもないので正確な回転数は分からないものの、かつての欧州製小型車乗りたちがそうであったように、音と振動の高まりでシフトアップのタイミングを計るドライブは、日常使いであっても愉快この上ないのだ。
そして、この古典的パワートレインのもたらすドライビングファンを支えるのが、当時としては秀逸なシャシーセッティングである。サスペンションは、ランチア的な高級な設えにキャラを寄せて、ちょっと柔らかめ。しかし、この時代の小型車は総じて全高が低かったこともあってロールは過大ではなく、鼻先もキレイにターンインしてくれることから、コーナーリングでも痛快な印象に終始する。
小型実用車であっても、アウトストラーダやアルプスの山中を快活に駆け回るセットアップがデフォルトとなっていた、最後の時代のイタリア小型車の痛快さをダイレクトに感じさせてくれる。だからこのクルマで流していると「なんて楽しいんだろう……!」思わず口をついてしまうのだ。
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今でも国内のユーズドカー市場には、ときおり初代イプシロンの売り物が現れることがあるようだ。もしも筆者が、購入するかどうか迷っていると周囲から相談を受けたならば、安易に勧めることは絶対にない。でも、すでに覚悟を決めた人を止める気にもなれない。きっと現代における初代イプシロンとは、そんなクルマなのだろう。
■車両協力
M&K WAKUIくるま道楽/ブリストル研究所
https://www.mk-wakui.com/
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