2000年型ランチア・イプシロン・エレファンティーノ・ブル
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回の主役として選んだのは、久方ぶりのヤングタイマー・クラシック。イタリア車が輝きを放った20世紀末に登場し、小型大衆車ながらカルト的な人気を博していたランチア初代「イプシロン」を、じっくり味わってみることにした。
デザイン至上主義! 個性あふれる小さなランチアとは
1995年春のジュネーヴ・ショーにて、アウトビアンキ/ランチア「Y10」に代わってデビューを果たしたのが「イプシロン(Y)」。前任モデルのY10時代までは、イタリア国内および日本市場に限っては「アウトビアンキ」のブランドネームで販売されていたが、このイプシロンの誕生に際して、全世界のマーケットにて「ランチア」ブランドに統一されることになった。
イプシロンの基本的な成り立ちは、その前年にデビューしていたフィアットの小型車「プント」のプラットフォームを、ホイールベース2380mmまで短縮。ランチアの伝統的なエッセンスを巧みに生かしつつも極めてモダンにデザインされた2BOXボディに、ランチアらしい瀟洒なインテリアを組み合わせたものである。
前:マクファーソン・ストラット/後:トレーリングアームのサスペンションもプントと共通ながら、そのチューンは格段にコンフォート志向とされ、高級ブランドにふさわしく、乗り心地やロードノイズの遮断にも気が遣われていた。
駆動方式は、もちろん横置きFWD。エンジンもプント用と同じ1.1L(伊本国仕様のみ/55ps)と1.2L(69ps)、そして1.4L(80ps)のSOHC 4気筒FIREユニットが選択されたが、デビュー翌年となる1996年には1.2LのDOHC 16Vエンジンが、まずはイタリア国内向けに登場。翌年からは輸出市場でも、従来の1.4Lに随時置き換えられてゆくことになる。
86psを発生するこの16Vユニットは、プントの高性能版「Sporting」からコンバートされたものである。いっぽう、変速機はスタンダードの5速MTに加えて、1.2Lのシングルカム版に限っては、ベルト駆動式のCVTも選択可能とされていた。
デザインは名匠エンリコ・フミアの最高傑作
しかし、初代イプシロンにおける最大のキモは、やはりエクステリアとインテリアの個性あふれるデザインにあるとみるべきだろう。担当したデザイナーは、ピニンファリーナにてアルファ ロメオ「164」や「GTV/スパイダー」などの傑作を手がけたのち、ランチアに請われてチェントロスティーレ(デザインセンター)を立ち上げたエンリコ・フミア氏であった。一方インテリアのデザインは、フミアの部下としてランチアに所属していたアメリカ人デザイナー、グレッグ・ブリュー氏の作とされている。
そして、イプシロンのデビューに際して最も大きな話題を呼んだのは、標準指定の12色に有償オプションの100色を合わせると、じつに112色にも及ぶカラーレンジ「カレイドス」だろう。計4色が用意されたインテリアのカラーに加えて、アルカンターラや本革などマテリアルのセレクトと合わせれば、膨大な選択肢から自分好みのイプシロンを選ぶことができたのだ。
イプシロンのグレードは、デビュー当初LE、LS、LXの3本立てとされていたが、2000年に行われたマイナーチェンジに際して、スポーティグレードの「エレファンティーノ・ブル(Blu)/エレファンティーノ・ロッソ」が追加される。
ただしスポーティ版とはいえども、その変更点はフロントグリル枠のボディ同色化などに限られ、エンジンなどの機関部は従来のモデルと共通。ブルには1.1/1.2LのSOHC、ロッソには1.2LのDOHC 16Vが搭載されていた。
なんて美しくて楽しいクルマ……! でも、安易に勧めるつもりもありません
当連載の慣例にしたがってテストドライブと銘打ってはいるものの、じつはこの青い2000年型イプシロン・エレファンティーノ・ブルは、筆者にとっては慣れ親しんだクルマ。日本唯一のR-R/ベントレー専門の私設自動車博物館「ワクイミュージアム」の創設者、涌井清春氏が新たなチャレンジとして開設した「ブリストル研究所」の社用車として活躍しており、同研究所メンバーでもある筆者は、以前からけっこうな頻度でステアリングを握っているのだ。
とはいえ、たとえ乗り慣れたクルマであっても、この小さなランチアを走らせるという行為はつねに新鮮な喜びとなるようだ。
まず視覚的な面からも、初代イプシロンは本当に魅力的。かつては、スタイリッシュながら個性的すぎるかのような意見が大方を占めていたようにも記憶しているが、現在の眼で見るとコストを度外視したかのようなパネル構成や、複雑ながら流麗な線と面は、量産車でありながらもまるで現代アートのよう。「美しい」という言葉を積極的に使いたくなってしまうデザインは、あくまで筆者の私見ながら名匠エンリコ・フミア氏の最高傑作と断じてしまいたい。
そして走りという側面についても、このクルマの個性は際立つ。エレファンティーノ・ブルに搭載される1.2L版シングルカムFIREユニットの出力は、スペックの上ではわずか69psに過ぎない。ところが絶対的な軽さによるものなのか、走りっぷりはその数値を疑わせるほどに快活。一般道でも高速道路でも、流れをリードするのは容易である。
また、たとえば同時代のアルファ ロメオ製「ツインスパーク」のごとき高回転時の切れ味や官能的なサウンドこそ望めないながらも、実用エンジンとしてはなかなかのスポーティな資質を持つ。この個体は5速マニュアル仕様車なのだが、四半世紀前のシンクロ機構とクラッチを労わるつもりでダブルクラッチを踏み、軽くスロットルを煽れば「フォンッ!」と気持ちよく決まる。
スポーティグレードのわりにはタコメーターの備えもないので正確な回転数は分からないものの、かつての欧州製小型車乗りたちがそうであったように、音と振動の高まりでシフトアップのタイミングを計るドライブは、日常使いであっても愉快この上ないのだ。
そして、この古典的パワートレインのもたらすドライビングファンを支えるのが、当時としては秀逸なシャシーセッティングである。サスペンションは、ランチア的な高級な設えにキャラを寄せて、ちょっと柔らかめ。しかし、この時代の小型車は総じて全高が低かったこともあってロールは過大ではなく、鼻先もキレイにターンインしてくれることから、コーナーリングでも痛快な印象に終始する。
小型実用車であっても、アウトストラーダやアルプスの山中を快活に駆け回るセットアップがデフォルトとなっていた、最後の時代のイタリア小型車の痛快さをダイレクトに感じさせてくれる。だからこのクルマで流していると「なんて楽しいんだろう……!」思わず口をついてしまうのだ。
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今でも国内のユーズドカー市場には、ときおり初代イプシロンの売り物が現れることがあるようだ。もしも筆者が、購入するかどうか迷っていると周囲から相談を受けたならば、安易に勧めることは絶対にない。でも、すでに覚悟を決めた人を止める気にもなれない。きっと現代における初代イプシロンとは、そんなクルマなのだろう。
■車両協力
M&K WAKUIくるま道楽/ブリストル研究所
https://www.mk-wakui.com/
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