メルセデス・ベンツを語る上でSクラスの存在は外せない
メルセデス・ベンツは2023年、自動車の発明メーカーとして1886年創業以来137年となり、さらなる発展を遂げている。AMWでは「メルセデス・ベンツの年輪」と題し、「メルセデス・ベンツの歴史」、「メルセデス・ベンツグループ社の概要」、「メルセデス・ベンツのレーシングカー」、「メルセデス・ベンツのプロダクションモデル」、「メルセデス・ベンツの車造りと安全性」に分けて紹介。今回は筆者の好みと独断で、1960年代の主なプロダクションモデルと歴代Sクラスを紹介する。
1963年にグロッサー・メルセデスの再来である600リムジン/W100登場
1960年代プロダクションモデルのハイライトは、1930年の「グロッサー・メルセデス」の再来といわれた大型高級リムジン「600/W100」が1963年に発表されたことである。ボディの種類も全長が6240mmのプルマン・リムジンが特注生産され、4ドア・5ドア・6ドアでも、室内は好みのレイアウトにアレンジ可能。加えてランドウ・タイプのボディも造られた。
内張りは通常、前席がレザー張りでリアが高級なベロアで仕上げられるが、もちろん注文でいかようにでも変えられた。しかし、この600は大きく豪華なリムジンというだけではなく、優れたクルマであったことを述べなければならない。
それまでリムジンというものは、背の高い旧式な大型セダンということが常識とされていた。例えばロールス・ロイスの「ファントム6」は全長6040mm×全幅2010mm×全高1750mmだったのに対し、600の標準モデルでは、全長5540mm×全幅1950mm×全高1485mmで、スタイリングはモダンになっている。
しかも十分な貫禄を備えているばかりか、航空機の技術を採用。例えば、パワーシート調整、パワーウインドウとパーテション・ウォールのウインドウ開閉など、これまで自動車に使用されたことのなかった航空機のハイドロリック・システムを採り入れるなど、自動車においては極めて高いレベルのエンジニアリングが盛り込まれていた。
600のエンジンは6.3L V8でボッシュ・メカニカルインジェクションにより250ps/4000rpm、そして51kgm/2800rpmの強トルクを発揮した。エアサスペンションを採用し、全高を50mm上げることが可能。リムジンの条件に即してゆっくりパレードできるスピードから、200km/hクルージング走行に至るまで、その走行性能はスポーツカーを凌ぐほど優れていた。この600は、男性的なリムジンであり、強烈なエアホーンを轟かせながらアウトバーンをばく進するさまは、まさに伝説のクルマ、グロッサー・メルセデスの再来であると言える。
600リムジン/プルマンの合計生産台数は、1963年から1981年の19年間で2677台(リムジン=2190台、プルマン=428台、ランドウ=59台)となっている。ちなみに日本には1965年から1973年の間に合計70台輸入された(リムジン=61台、プルマン=8台、ランドウ=1台)。
この600の著名なオーナーとして、アレクサンダー・オナシス(実業家)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(世界的に有名な指揮者)、ミレイユ・マチュー(フランスの有名歌手)等は有名。また、国家や元首用として、ヨハネ・パウロ2世法王、パウロ6世法王、国家の威信にかけてイギリスのエリザベス2世女王とともにパレードする当時の西ドイツ首相・キージンガーはあまりにも有名である(車両は600プルマン・ランドウ)。
1960年代の代表的なその他のモデル 300SEL6.3、230SL/250SL/280SL
ダイムラー・ベンツ社の技術陣は、エンスージャストの要望に応えて「300SEL」にV8 6.3Lを搭載した「300SEL6.3」(エアサス付き)を発表した。この強力なモデルのトップスピードは220km/hだが、0−100km/h加速は、なんと6.5秒と性能の塊のようなセダンだ。
1960年代の「SL/W113」は、「230SL」(1963年)、「250SL」(1967年)、「280SL」(1968年)と、性格的にはツーリング用として居住性の高いパーソナルカーという方向付けをしている。
このモデルは中央が凹んだ特徴的なルーフ(パコダルーフ)を採用している。もちろん、デタッチャブル・ハードトップタイプである。「300SL」とは全く趣を異にし、ATやパワーステアリング等を備え、同年代に造られた高級クーペ「220SE/250SE/280SE/300SE」のようにお洒落なクーペといった感覚になった。今や、このSLの人気が沸騰している。
Sクラスの歴史はメルセデス・ベンツの戦後史
メルセデス・ベンツのフラッグシップ「Sクラス」は、いわゆる高性能「SUPER」の頭文字Sを掲げるものである。第2次世界大戦後、Sの文字が付いた最初のモデルは1949年~1952年までに製造された「170S/W136」。だが、このクルマはまだクラシックなウイングタイプのフェンダーを持ったいわば戦前のスタイルで、真の意味では元祖Sクラスとは言えない(Sクラスの元祖については諸説ある)。
Sクラスの元祖と言えるメルセデス・ベンツ220/W187が1951年に登場
第2次大戦後、まず4気筒モデルから生産を再開したメルセデス・ベンツが敗戦後の混乱から脱し、1951年に久々に送り出した6気筒モデルが「220」シリーズ(ウイングタイプ)だ。
1953年に発表された中型セダン「180/W120」(世界初衝撃吸収構造のセミモノコックボディ)の上級版として1954年に登場した「220a/W180」は、延長したシャシーに2.2L直列6気筒エンジンを搭載し、85HPを発揮。一気にモダンなフラッシュサイドのスタイルとなり、「Ponton」の愛称で呼ばれた。これが諸説ある中で正しくSクラスの原点と言えるモデルである。
そして1959年に登場したのが、フルモノコックボディを採用した新型「220シリーズ/W111」で、縦目のヘッドライトやテールフィンが特徴的なスタイリングから、通称「ハネベン」と呼ばれた。このラインナップに変化が起きたのは65年で、フルモデルチェンジしたテールフィンのないスマートなスタイルの「250S/SE」、「300S/SE/SEL(W108/W109)」をフラッグシップモデルとして発表した。
満を持して初代Sクラス/W116(1972-1980年)が登場
初代「Sクラス/W116」の最大の特徴は、安全性の追求がより徹底されたこと。進化したボディの衝撃吸収構造や大型バンパーをはじめ、衝撃を柔らかく受け止める内装材の採用により、社会問題となりつつあった自動車の安全性に先進的な回答を示した。
2代目Sクラス/W126は第1次オイルショック以降、排ガスなど環境問題を考慮した空力ボディを採用し、パワーシート、エアバッグ、ABS等の装備も充実。3代目Sクラス/W140はそのボディスタイルが大型化され、エンジンも6L V12が搭載される等、堂々たる存在感を持ったモデルとなった。
4代目Sクラス/W220はコンパクト化されたボディにソフトな印象の流麗なスタイルとなり、軽量化も実施された。5代目Sクラス/W221は少し控えめだったW220より堂々たるスタイルとなり、インテリアではデジタルディスプレイとなったインパネ、ナビ等の操作を集約したCOMANDシステムを採用する。
6代目Sクラス/W222は、戦後のメルセデス・ベンツが築きあげてきた高性能・高品質を高い次元で融合させたプレムアムセダンへと進化。ステレオマルチパーパスカメラやミリ波レーダーを利用した安全システムなどを搭載する。
現行7代目Sクラス/W223は2020年に発表され、さらに進化した安全性の集大成であるインテリジェントドライブを具現化した。エクステリアは「センシャル・ピュアルティ」と称するデザイン思想に基づき、ラインやエッジを大幅に削減。インテリアはインパネセンターに12.8インチのディスプレイを装備し、機能を集約している。
各界の著名人も愛してきた最先端技術を満載するSクラス
さて、日本では1960年代半ば、自動車輸入自由化とともに大企業が好んで社長専用車として求めたのが、「黒塗り」のフィンテールが特徴の「220S」4ドアセダン。これをきっかけに、日本でもSクラスはメルセデス・ベンツのイメージリーダーとなった。
とくに、当時の吉田 茂首相が西ドイツのアデナウアー首相との約束を果たし、300SEロングを購入し愛用した。以来、Sクラスは高品質と完成された技術のみを使い、自社のみならず、つねに業界のお手本を示してきた。しかし、60年代までは世界の競合車種に比べて圧倒的に生産台数が少なく、品不足だけが唯一、頭痛の種だったと言われた。
そして、70年代でも、納期は半年から10カ月もかかったが、幸い「待つだけの価値がある!」と理解を示す顧客にも恵まれたと言える。販売活動の一環として用意されたカタログ、ポスター、各種販促用品は、当時の業界の常識を遥かに超えた豪華版。ところが、意外にも最も肝心なSクラス自体の展示には大げさな舞台装置などは全く必要なかった。Sクラスは「置くだけでOK!」。それ自身の存在感は、周囲を圧倒する貫禄を示したのだ。
Sクラスは競合各車を相手に、性能数値上の比較を超越するレベルにあった。歴代の各種装備品にも数々のエピソードが語り継がれている。「ハイ・メカニズムがずらり勢揃い」、それに加えて「ドアの閉まる音は、まるで大型冷蔵庫のようだ!」、「本革シートはクルマの寿命がきても生き残る!」、「ダッシュボード全面を無垢材で削り上げたドイツマイスターの手仕事!」などなど。
Sクラスに採用される全ての機構、安全装備はいずれも見事な完成域に達している。これらは、多くのオーナーが自らハンドルを握ることを喜びとしたことから、自然と自慢話として語り継がれてきた。実際、Sクラスは外観から想像する以上に、乗ってみると運転しやすい。これは「自分で運転しなければもったいない!」と思わせる軽快な操縦性に触れた実感からそう言わしめた。
乗り心地についても、エアサスは60年代の300SEセダン、そして600リムジンからの経験を生かし、今日はさらにコンピュータ化した事で完成域まで育成された。半世紀を超える豊富な知識と経験のもたらすSクラスの高い功績だ。
現行のSクラスには「S400d 4MATIC/ロング」、「S500 4MATIC/ロング」、「S580 4MATIC/ロング」、「S580e 4MATICロング」、「マイバッハSクラス」、「EQS」の最新鋭モデルが揃っている。
加えて、現在のメルセデス・ベンツは優れたサブブランドがあることも忘れてはならない。メルセデスAMGはハイパフォーマンスラグジュアリーの未来を形つくるエキサイティングなサブブランドであり、メルセデス マイバッハは究極の洗練を具現化した贅沢なサブブランドである。そしてメルセデスEQは未来のモビリティのための新たなスタンダードを造り出す革新的なサブブランドである。
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メルセデス・ベンツのプロダクションモデルにはすべてに一貫した哲学「最善か無」がある。メルセデス・ベンツの年輪は、1日にして成らずである。