スタイリングデザインのモチーフは2代目チンクエチェント
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第7回は「フィアット トポリーノが復活」をお届けします。
70年ぶりに復活したトポリーノ
おいコノヤロー。いきなり連載第1回でクルマがぶっ壊れたっぽいところからはじまったから、その後どうなって、おまえがどんなふうに泣きっツラになったのか、それを知りたくてウズウズしてるのに、なんだよなんだよ、ちっとも進まねーじゃん! 引き延ばし作戦か? もうネタ不足に陥ってるのか? とっとと進めろよ……。
と、リアル友達からメッセージが来た。「まさかこの男が読んでくれてるなんて……」と軽く驚いたりしつつ、相変わらずのクチの悪さに噴き出してしまった。僕の昔からの友達にはクチの悪いヤツが多いし、たいていは物言いがストレートだったりするのだ。
まぁ彼の気持ちはわからないでもない。人の不幸は蜜の味、という。あれが僕にとって不幸な出来事だったのかどうかはまた別の話として、逆の立場だったなら、僕だってニヤニヤしながら「で、どうなった?」な気分だっただろうから。
でも、慌てるでないぞ、友よ。僕はジラしてるわけじゃないのだ。そこに至るまでの間にもあそこから先の流れの中にも、知っておいていただきたい大切な話がたくさんある。それに、ついでにお伝えしておくなら、僕はこの連載をただの日記のようなモノにしたいとは思ってなくて、世界が稀代の名車と認めるこのチンクエチェントというクルマに、少しでも関心を持ってる人にとって役立ちそうなことなら何でも紹介していきたいし、趣味的な気持ちをも満たせるような要素だって盛り込んでいきたいと考えてる。
そしてこの連載を持たせてもらってるAMWの編集部は、同時に『FIAT & ABARTH fan-BOOK』という紙媒体の編集部でもある。なので、フィアットとアバルトに関することを最新ニュースも含めて広く取り扱っていこうという気持ちもある。だから、当然ながら途中で横道にそれることだってあるわけだ。そして、第1回横道選手権開催となるのが今回のお話である。
……というのは、じつは先週掲載される予定だった原稿の冒頭。ところが皆さん先刻御承知のとおりの結末を迎えてしまったので、1回後ろにズレちゃった。2回続けてストーリーに進展がないのはどうよ? という気持ちもないではないのだけど、ニュースが激しく遅くなっちゃうと腐るので、あえて横道へとあらためてステアリングを切ることにする。
そのニュースとは何なのか。「トポリーノ」の復活、だ。フィアット500というクルマはこの連載の主人公である2代目が歴史的に最もよく知られるところではあるのだけど、2代目があるということは初代もあるわけで、その初代フィアット500のニックネームがトポリーノ(=コネズミ/ハツカネズミ/イエネズミ)だった。名前の由来は小さな車体に13.5psの569cc 4気筒エンジンを積み、コネズミのように──もちろん当時としてはだけど──すばしっこく走り回っていたこと、とされている。有名な映画『ローマの休日』の中でオードリー・ヘプバーンがトポリーノの前席の後ろ側に立って乗ってるシーンがあるのだけど、そこからもわかるように、大衆車でありながら2シーターのオープントップだった。
超魅力的な小型モビリティであることは間違いなし
2023年5月31日に本国のフィアットから復活のアナウンスがあった新型トポリーノも、2シーターのオープントップというスタイルを継承してる。だが、決定的に違っているのは、これは大衆車ではなくスモールモビリティというべき存在だということ。そしてバッテリーEVだということ。いや、実際のところフィアットからのプレスリリースには新型トポリーノの「名前とファーストイメージを公開する」ということと「100%電気自動車」であるということ、「持続可能なアーバンモビリティ」であるということが記されてるだけで、詳細に関してはまったく触れられていないし、発売日どころか正式発表がいつ頃になるのかの予告すらない。
ただ、もうひとつはっきりわかることがあって、新型トポリーノは初代フィアット500のニックネームを名乗ってはいるが、スタイリングデザインのモチーフになったのは間違いなく2代目チンクエチェントである、ということ。顔つきもお尻の具合も、どこからどう見ても2代目フィアット500なのだから。おまけにドアというものがなく、代わりに取り外しが可能なロープで車内と車外を分けている。そのあたりは「ジョリー」にも似ている。
そのジョリーというのが何かといえば、2代目フィアット500をベースにして作られた、いわばビーチカーのようなものだ。フィアット創業者の孫であり当時は副社長だったジャンニ・アニェッリが、自分のヨットに積んで港から港へと渡り、行った先の港町やビーチでアシに使うため、カロッツェリア・ギアに作らせた。それが本当の意味でのセレブリティたちの目にとまり、結果、ある程度の数が生産された。現在でもいくつかのカロッツェリアで2代目チンクエチェントを素材にしてレプリカが作られているが、当時モノのオリジナルはおそらくせいぜい100台くらいしか現存してないだろうといわれている。
ジョリーはまさにフェデリコ・フェリーニの映画『La Dolce Vita(=甘い生活)』の世界から生まれたようなクルマなのだが、新型トポリーノはその世界観をも持ちあわせてるわけだ。雨が降ったらどうするんだ? という問題があるにはあるのだけど、なんだかとっても魅力的な小型モビリティに思えてこないだろうか?
すでに触れたとおり、新型トポリーノに関しての詳細はいっさい発表されていない。だが、あえて推測するなら、おそらくこれは同じステランティスに属するシトロエンの小型モビリティ、「アミ」をベースとするものなんじゃないか? と思う。フランスでは14歳から乗ることができる「クワドリシクル」という超小型車カテゴリーのクルマで、たとえば50台限定で発売された特別仕様車がたった20分たらずで売り切れちゃったりしたこともあるくらいの人気モデルだ。
だとすると、バッテリーの蓄電容量は5.5kWhで最高出力は11.1ps、航続距離は最大70km、最高速度は45km/h、充電は220Vソケットで約3時間で完了、というシロモノ。全長2.4m、全幅1.4m、全高1.5mと、本当に小さい。フツーのクルマに対するのと同じことを求めたりせず、小型モビリティにふさわしく原チャリ感覚で使ったりするのであれば、充分以上の存在だろう。
じつはフランスでアミには試乗したことがあるのだけど、僕が普段乗って出てるチンクエチェントより遙かに遅いのに、パーン! と膝を叩いちゃうくらい楽しい気分になれたことをありありと覚えてる。だってこんなカタチをした物体が走ってるだけでオカシイのに、その中に自分がいて操縦してるのだ。それだけで笑いがこみ上げてくる。デザインのチカラというのは偉大だ。そしてアミのスタイリングもシトロエンらしく奇妙奇天烈で魅力的ではあるけれど、新型トポリーノはもっとストレートにニコニコできちゃう愛らしさを漂わせてる。ほら、やっぱり魅力的に思えてくるでしょ?
いやいや、まだ新型トポリーノがシトロエン アミと同じコンポーネンツを使ってるかどうかはわからないのだけど、もし仮にでも日本にもたらされることがあるならば、ターコイズブルーのチンクエチェントの横に並べて、遠くに行くときにはチンクエチェント、近くの買い物にはトポリーノ、という「甘い生活」をしてみたい……と心の底から思わされたのだった。
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