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【ベンツのクルマづくり哲学】時代とともに変わるスローガン、「最善か無か」の理念は2023年の今でも受け継がれているのか?

EQS SUVの生産ライン

その時代の最高の技術をクルマに反映させ、安全で高品質なメルセデス・ベンツ車を造る。写真はEQS SUVを生産するアラバマ州タスカルーサ工場の様子

時代に合わせて進化しているメルセデス・ベンツの企業理念とは?

メルセデス・ベンツは2023年、自動車の発明メーカーとして1886年創業以来137年となり、さらなる発展を遂げている。AMWでは「メルセデス・ベンツの年輪」と題し、「メルセデス・ベンツの歴史」、「メルセデス・ベンツグループ社の概要」、「メルセデス・ベンツのレーシングカー」、「メルセデス・ベンツのプロダクションモデル」、「メルセデス・ベンツのクルマ造りと安全性」に分けて紹介。今回はメルセデス・ベンツのクルマ造りを紹介する。メルセデス・ベンツの企業理念は、時代の変化とともに推移し、クルマ造りや安全性に深く関連している。

~1991年:「Das Beste oder nichts」

ゴットリーブ・ダイムラーのモットーである「最善か無か」は、メルセデス・ベンツが掲げるクルマ造りの哲学の中核。最善を尽くさなければ無と同じで、中途半端なものは存在しない。つまり、メルセデス・ベンツの歴史編で述べた通り、工場の門を出るいかなるものも、品質と安全においてすべて最高の規準まで進歩したものにするということを意味している。

また、この「最善か無か」にはいろいろな意味が込められている。それを端的に表した事実がある。メルセデス・ベンツに応用される技術は、その時代において最高のものであり、しかもメルセデス・ベンツ車を使用するカスタマーにとって利益のある有効なものでなければ採用されない。

例えば、1931年にはもっぱらレーストラックの技術だった4輪独立懸架が、量産小型車「170/W15」に世界で最初に採用された。また、当初はレースで培った数々の革新技術を量産車にフィードバックし、その後衝突テストだけではなく、実際の事故調査データを基に開発されたのが、世界に先駆けて1978年に実用化したABS(アンチロック・ブレーキング・システム)である。

さらにシートベルトの乗員保護性能を助けるさらなる安全装置として、13年の歳月をかけて開発した世界初のSRSエアバッグを「Sクラス/W126」(1980年12月)に搭載した。1982年には世界初の画期的なマルチリンク・リアサスペンションを同じく13年の歳月をかけて開発し、コンパクトな「190」シリーズに採用。しかも大型サルーンに匹敵する乗り心地、操縦性、安全性をもたらした。今やマルチリンク・リアサスペンションは高級車の主流となっている。

1992年~:「The Best for Our Customers」

「お客様に最高の品質と満足を」。この企業理念が生まれた背景は、世界的に大ヒットした190シリーズの後継車として、1993年6月に当時のメルセデス・ベンツ社が初めて「Cクラス」と称したまったく新しい小型セダンを発表したことにある。1990年10月の東西ドイツの統合以降、とくにドイツ企業は厳しい経済環境を強いられ、変化への対応をしなければならない必要性が生じたのだ。

当時のメルセデス・ベンツ社も例外ではなくなり、この経済環境の著しい変化に対応する新しいビジョンを打ち出した。今までの高品質・高価格を、とのうたい文句で売上を拡大するのではなく、顧客満足度重視の方向へと転換し、そこではじめて価格を顧客満足の要素とした。

その成果が初代Cクラス/W202にみられる。とくに、この初代Cクラスは市場と顧客の動向に敏感であるとうたったメルセデス・ベンツの新しい哲学に基づいたモデルであった。つまり、新しい「お客様に最高の品質と満足を」の企業理念の元、メルセデス・ベンツ史上初めて「more value but not more expensive」=「価値はより高く、しかし価格はより高くなく」を合言葉として、まったく新しいクラスのクルマ=Cクラス/W202が誕生したのだ。

1998年~:「The Future of Automobile」

「自動車の未来を」。この企業理念は、今日では正しく地球環境・エネルギー問題に対するメルセデス・ベンツの答えを示している。1980年代から近年は、社会的価値が世界的に大きく変化してきている。

1980年代は、周囲に対して自分はこれだけ成功したということを誇示したい、クルマも高くていいものが欲しいという傾向にあった。しかし、近年では、ただそういう物が持っている価値以上の金額を払ってまで欲しいという意識はなくなってきていると言える。

とくに地球環境・エネルギー問題に対し、クルマの環境性能適合性への意識が非常に高まった。また交通状況の問題を合わせると自動車を取り巻く意識が大きく変化している。このクルマの環境性能適合性に対するメルセデス・ベンツの答えが、環境対策先進技術の「Blue EFFICIENCY(ブルーエフィシェンシー)」だ。

メルセデス・ベンツのゴールは、排出ガスのないモビリティの実現。メルセデス・ベンツは、2007年から「低燃費・低公害技術」=Blue TEC/Blue EFFICIENCYによって、2009年からはハイブリッド=Blue HYBRID/Blue TEC HYBRIDによる「低公害から無公害」に、そして、2011年以降は電気及び燃料電池=E-CELL/F-CELLによって「無公害」となる環境に対する未来の道筋を明白に示している。

2016年~:「CASE」

Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Services(シェアード&サービス)、Electric(電動化)の頭文字をとったもの。

2016年9月のパリ・モーターショーで当時のダイムラー社のディーター・ツェッチェ会長が、自動車をよりよい未来に向けた中長期戦略として、この「CASE」を発表した。

CASEとは、単なる移動手段としてのクルマの在り方や概念を拡張し、特別なサービスと体験を提供するまったく新しいモビリティとして捉えるものであるとしている。これら4つは、それぞれがすべての産業をひっくり返すほどの力を持っており、これらをつなぎ目なくつなげると、本当の革命が起こると言われている。

「100年に一度の大変革期にある」と言われる自動車産業において、メルセデス・ベンツでは状況が許す限りの市場において2020年代末までに全面自動化を実現すべく準備を進めている。今後はエレクトリック・ファーストから(電動化優先)からエレクトリック・オンリー(純電気自動車)へのシフトを敢行し、排ガスゼロ、ソフトトウェア主導型の未来に向けて変革のスピードを高めていくという。

具体的にはBest Customer Experience(すべてのお客様に最高の体験)を掲げ、最高の顧客体験を通じて「メルセデス・ベンツ 最も愛されるブランドへ」を実現するべく、カスタマージャーニーに沿ってさまざまな活動を実施。つまり、総合顧客管理システムを活用したお客様対応、販売店はクルマを売る場からお客様が体験する場へ。Mercedes meやMBUXなどを用いた利便性の高いサービスの提供、各種デジタルツールを用いたお客様への情報・サービスを提供するとしている。

事実、現在では移動手段をつなげ、最適な移動を提供するMaaS(Mobility as a Service)が各国で台頭している。その理由は、自動運転技術の進化やクルマにつながることにより、オンデマンドでモビリティサービスを提供できる範囲が急速に広がっているからだ。

このように、時代の変化とともにメルセデス・ベンツの企業理念はゴットリーブ・ダイムラーのモットーである「最善か無か」に始まり、1992年には「お客様に最高の品質と満足を」へ、さらに1998年から「自動車の未来を」、2016年からは「CASE」と変わってきている。メルセデス・ベンツは創業者ゴットリーブ・ダイムラーとカール・ベンツの夢によってつくられた。その夢が今日のメルセデス・ベンツに引き継がれているのだ。

とくに、2009年ジンデルフィンゲン工場入口に掲げられていたスローガンである「Zukunft wird aus Träumen gemacht(未来は夢によってつくられる)」が、いまだに印象深く心に残っているのは筆者だけであろうか。

メルセデス・ベンツのクルマ造りにおける定義とは

メルセデス・ベンツのクルマ造りには、一貫したポリシーがある。それは、その時代の最高の技術をクルマに反映させ、安全で高品質なメルセデス・ベンツ車を造ることにある。

メルセデス・ベンツはクルマを設計する信念を次のように言い表している。

・同一のエンジンから最高の経済性と性能を得ることはできない
・同一のサスペンションから最も柔らかい乗り心地と最高の操縦性を同時に得ることはできない
・同一のシャシーから最大限の室内スペースと最も操作しやすいホイールベースを同時に得ることはできない
・最低の価格で最高の品質を得ることもできない

逆説的な言い回しだが、いかに他の技術を犠牲にすることなく、より多くのものを取り入れることができるか。つまり、優れた個々の技術をどう折り合わせるか、それがつねに最大のテーマであり、最高のクルマは優れた妥協により生まれるというわけだ。

しかし、この場合の妥協とは理想と現実の間にあって、バランスのとれた妥協でなければならない。つまり、自動車の求める総合性能のバランスを納得ゆくまで追求し、安全で高品質なクルマを造ることにあると言える。

メルセデス・ベンツのクルマを設計する者にとって、クルマを安全に造ることは義務であり、同様に経済的に走るよう努めるのが義務であるとしている。とくに近年、地球環境・エネルギー問題に対しクルマの環境性能適合性への意識が非常に高まり、地球環境に適合したエコカーの人気は世界的な時流だ。

これに対するメルセデス・ベンツのクルマ造りの答えは、環境対策先進技術であるBlue EFFICIENCY(ブルーエフィシェンシー)による、ゼロエミッションの環境性能と安全で快適なラグジュアリー性の両立。さらに、2016年からは先述の「CASE」がクルマ造りの中核となり、市場の状況が許す限り完全な電気自動車を実現するという目標を追求し、車両のインテリジェントな接続や自動運転、新しいモビリティコンセプトにも重点を置いている。

またメルセデス・ベンツのクルマ造りの品質は、妥当な価格の範囲内で持っているすべてを投入し、可能な限り最高の品質を実現することにあるとしている。メルセデス・ベンツの品質は製品のアイデアを生むことから、開発~生産~車両の耐用年数~アフターサービスへと連なる基礎となっている。

クルマの品質を決定づけるのは設計。メルセデス・ベンツでは高水準の生産技術を駆使して、市場に適した製品を造り出すための最も重要な開発作業を設計段階で実施している。つまり、設計の段階から生産工程管理の専門家や経験豊かな製造技術者との間に緊密なコミュニケーションを維持し開発が進められる。

近年、自動車の開発生産に不可欠な道具となったのが、高度に発達したコンピュータプログラムである。メルセデス・ベンツは設計時点から最高の品質を追求するため、一般に流通しているソフトウェアやハードウェアでは不十分と判断し、数多くのプログラムやシステムを自社開発している。CAD(コンピュータ専用設計)、CAM(コンピュータ支援生産)、CIM(コンピュータ総合製造)、CAQ(コンピュータ支援品質管理)など、コンピュータによる開発生産を示す略称は周知の通り。

しかし、AIやロボット生産に頼ることなく製品管理に関しては、以前と変わらず熟練工により厳しくチェックされている。筆者が現役セールスマン時代、「10人の工員のうち1人は検査員です」と、よくセールストークに使っていものだ。

メルセデス・ベンツは「安全性の追求」を最重要テーマに掲げ、数々の革新的な安全技術をいち早く実用化してクルマ造りをしてきた。人間工学(エルゴノミクス)に限らず、生理学や心理学を取り入れ、人間を中心に安全設計をし、また安全性のほか、走行性や快適性、運転操作性に利便性、耐久性や環境適合性など総合的な概念を取り入れてクルマ造りをしているのだ。

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