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【ベンツが追求する安全性】1939年から始まった安全技術の進化の歴史を振り返ります。いまでは当たり前の装備もベンツからでした

ベンツセーフティのイメージカット

メルセデス・ベンツのクルマづくりの基本は「安全性」

メルセデス・ベンツは2023年、自動車の発明メーカーとして1886年創業以来137年となり、さらなる発展を遂げている。AMWでは「メルセデス・ベンツの年輪」と題し、「メルセデス・ベンツの歴史」、「メルセデス・ベンツグループ社の概要」、「メルセデス・ベンツのレーシングカー」、「メルセデス・ベンツのプロダクションモデル」、「メルセデス・ベンツのクルマづくりと安全性」に分けて紹介。今回はメルセデス・ベンツの安全性を紹介する。メルセデス・ベンツの企業理念は時代の変化とともに推移し、クルマづくりや安全性に深く関連している。

取得した数々の特許を惜しみなく公開

自動車の安全性がルールとして取りざたされるずっと以前から、メルセデス・ベンツの設計思想には「安全性」が重要視されていた。つまり、メルセデス・ベンツの技術が追求しているのは、つねに「安全性」なのである。事実、人間工学(エルゴノミクス)に限らず、生理学や心理学を取り入れ、人間中心の安全設計をしている。

1939年にメルセデス・ベンツの安全技術開発がスタートし、衝突安全性の研究に着手。1951年にはメルセデス・ベンツの技術陣は自動車の安全性理論を確立し、「前後衝撃吸収式構造」と「頑丈なパッセンジャーセル構造」の特許を取得した。その後、取得した多くの特許を独占せず次々と公開してきたのは、メルセデス・ベンツだけでなく、世界中のクルマの安全性向上を願ったからである。

メルセデス・ベンツ安全理論の基本

メルセデス・ベンツ安全性の基本理論は、まず事故を未然に防ぐ「能動的安全性/プレセーフ(予測乗員保護)」、そして事故が起こった後の被害を最小限に止める「受動的安全性」。この両面をカバーしなければならないとしている。

事故発生時点をゼロ時点とすると、まずは事故を起こさないための安全性/予測乗員保護=能動的安全性/プレセーフである。特筆すべきは事故が起る約0.2秒前に予測し、事前の早い段階で乗員保護の体制を整えようとする新しい「予測乗員保護・プレセーフ」を2002年世界に先駆けて開発、実用化したこと。

不幸にして事故が発生した場合は、被害を最小限に留めるための安全性=受動的安全性が重要である。1974年に75%オフセット衝突である実際の事故報告を受け、衝突安全性能はさらに向上していくことになる。

新しい安全技術の研究開発

メルセデス・ベンツは永年にわたって、安全革新技術の研究開発に取り組んでいる。1939年にいち早くパッシブセーフティに関する専門部署を設立し、また1969年以降50年以上にわたり事故調査を実施。現在年間およそ100件の事故を調査し累計では5000件以上になる。また、現在年間500回の実車によるクラッシュテストおよび数万回のコンピュータシミュレーションによるクラッシュテスト分析も実施しており、事故の原因と結果を分析しクルマの設計に反映している。

このための経費は莫大なものに達している。この安全の研究、とくに衝突安全性に関する研究は費用がかさむわりに見返りが少ないと言われている。しかし、それでもメルセデス・ベンツグループ社の2022年度研究開発費は85億ユーロに達している(前年91億ユーロ)。

とくにメルセデス・ベンツでは、状況が許す限りの市場において2020年代末までに全面自動化を実現すべく研究開発準備を進めている。今後は、エレクトリック・ファースト(電動化優先)からエレクトリック・オンリー(純電気自動車)へのシフトを敢行し、排ガスゼロ、ソフトウェア主導型の未来に向けて変革のスピードを高めていくとしている。

1.まず事故を起こさないための安全性/予測乗員保護である「能動的安全性/プレセーフ」

・シャシーはエンジンよりも速く(運転上の事故を起こさない走行安全性)

メルセデス・ベンツがいう高性能とは、バランスのとれたクルマのこと。エンジンパワーが強すぎてコントロールの難しいクルマはメルセデス・ベンツでは不合格。すなわち、適度なパワーのエンジン性能をすべて駆使し、なおも余裕あるサスペンションにブレーキや操縦性など、誰にでもコントロールできるクルマであることが高性能であり安全なクルマの条件となる。

メルセデス・ベンツの「走る・曲がる・止まる」性能は、誰にでもコントロールできる。例えば、筆者が1972年入社当時に見せられたメルセデス・ベンツ「セーフティ・ファースト」というフィルムに、次のような印象的なシーンがあった。

1台のメルセデス・ベンツが2車線の道路を高速走行中、いきなり大型ダンプカーが物陰から鼻を出す。メルセデス・ベンツはとっさにブレーキを踏み、急ハンドルを切って隣の車線に逃れるが、目前には対向車が迫ってきている。正面衝突の危険を避けるため、またしてもハンドルを急激に切って元の車線に戻ったのだ。

メルセデス・ベンツは、この複雑な「走る・曲がる・止まる」操作を腕が良いテストドライバーではなく、誰にでも難なくコントロールできるようにすることを走行安全性の第1条件にしている。

・ニュートラルに近い弱アンダーステア

コーナリングする際、オーバーステアの性格(ハンドルを切った角度よりも内側へ入る)を持っているクルマでは、あるとき突然に、カーブに対して逆方向にハンドルを切らなければならない場合もある。またアンダーステアの性格を持っているクルマはハンドルを切った角度よりも外側に出る。

そこでメルセデス・ベンツは、ニュートラルに近い弱アンダーステアの性格に設定。カーブに対して少しずつ切り足していけば良いので、誰にでも容易に運転できるよう仕立てている。そして、止まる性能は世界に先駆けて1978年に「Sクラス/W126」に実用化したABS(アンチロック・ブレーキング・システム)がある。

「走る・曲がる・止まる」という自動車の基本性能は、メルセデス・ベンツのエンジニアたちが永年にわたり研究と開発を重ねて手にした、「シャシーはエンジンよりも速く」という設計哲学に基づいている。つまり、メルセデス・ベンツのエンジニア達は「エンジン性能を上まわるシャシー性能こそ、スピードと安全の追求に欠かせない」としている。

いずれにしてもどんな路面状況においても、タイヤの接地具合、クルマの走行安定性を正確にドライバーに伝えるのが、メルセデス・ベンツの足まわりの特徴と昔から言われている。

2.シートに楽な姿勢で正しく座らせて疲労を予防する「環境安全性」

解剖学的には運転席の背中をシートに密着させ、「正しい姿勢」で座ることが重要だ。

メルセデス・ベンツのシートは多層になっており、各層の材質が重ね合って目詰まりを起こさない構造になっている。シートの中の空気の循環をよく保ち、身体の湿気や汗をうまく吸収し発散する。疲労が少なくさわやかにドライブができることが、メルセデス・ベンツのシートが呼吸していると言われる理由だ。

ところでメルセデス・ベンツを運転し、また同乗者として長距離を走り疲れたときには、ぜひもう一度、深く座り直してシートの形に身体を任せてみるとよくわかる。そのときにこそメルセデス・ベンツのシートが本来の実力を発揮する。

メルセデス・ベンツのシートは適度な硬さを持たせてある。反対に座面や背もたれが柔らか過ぎるシートは、身体が沈み安定しない。ところが、人間には自律神経というものが働き、つねに正しい姿勢に戻そうと自然に神経を使っている。いったん姿勢が崩れると修正に力も必要。この微妙な動作が続くと疲労が早くなるのだ。これに対し、適度な硬さとホールド性の良いメルセデス・ベンツのシートは、身体が安定して姿勢が一定に保たれ疲れにくい。

また着座した状態で、ドライバーの膝の曲がる角度は120度ほどになるように設計されている。これが最もペダルを踏みやすい角度だからだ。座面は膝裏に達するほど長いと、血液の循環を損ねてしまい好ましくないとしている。

・ヘッドライトスイッチは必ず運転席側のダッシュボードに設置する「操作安全性」

運転席に座ると、どのメルセデス・ベンツモデルもステアリングの前に見慣れた配置のメーターパネルが拡がっている。過去にメルセデス・ベンツを運転したことがある人には、たとえそのクルマが初めてであっても、乗り込んだ瞬間から違和感は全く覚えないと言われている。これがメルセデス・ベンツ独自のデザインの優れた点だ。

例えば、ヘッドライトスイッチの位置は安全面からすべて運転席側のダッシュボードの下部に埋め込まれている。なぜなら、夜間走行中や昼間のトンネル内走行時に、誤って助手席の人にヘッドライトスイッチを操作されてしまうとヘッドライトが消え、一瞬にして真っ暗の中を走行することになり、非常に危険だからだ。したがって、メルセデス・ベンツのヘッドライトスイッチは必ず運転席側のダッシュボードに設置することを頑なに守っている。

他にもよく見てみると、傷つきにくい丸みを持たせたダッシュボード、シートスイッチなどの操作類は簡単でわかりやすく、しかも手が届きやすい位置に配置されている。

・見ることと同じく見せることが大切な「知覚安全」

計器類はハンドルを中心とした中央集中型。しかもダッシュボードの上端を高く盛り上げ、ひさしの奥の中央にセットされる。ドライバーがハンドルを握りながら、前方視界よりほんの少しだけ目線を落とすだけで、容易に読みやすく情報を確認でき運転に集中できる。

加えて、メルセデス・ベンツが重視しているのが被視認性、つまり他のドライバーや歩行者からの見られやすさだ。1960年代からボディカラーを安全な視認性順に並べたチャートを作成し、ユーザーに啓蒙活動を行ってきた。これはドイツ国内のタクシーの色を、それまでの黒からチャート上位にあった視認度の高いライトアイボリーに変える法律制定(1970年施行)のきっかけとなった。

さらに、汚れや雪が付着しても輝度が保たれる凹凸型リアコンビライトや応答の早いLEDストップランプ、歩行者や二輪車からも確認しやすいドアミラー内蔵式ウインカーミラー等をいち早く採用しているのは周知の通りである。

3.事故の被害を最小限に止めるための受動的安全性

・安全の為にはマスコットすら頭を下げる「外的安全性」

自動車以外の道路使用者の保護はきわめて重要な課題。つまり、歩行者や自転車走行者に対して、より大きな保護を提供する技術を数年にわたって開発している。具体的には、ボディの隅々に至るまでシャープで尖った部分がなく丸みを帯びているエクステリア。衝撃吸収バンパーや合わせガラスのフロントウインドウ、折りたたみ式サイドミラー。その他にも丸みを帯びたドアハンドル、埋め込み式フロントガラスワイパー等があり、長年にわたって優れた歩行者保護性能を提供している。

加えて画期的なアクティブボンネットである。歩行者と接触し衝撃が発生すると、フロントバンパー内のセンサーが感知し、スプリング式のエンジンフードリフターが作動。エンジンフードの後端が瞬時にして約8cm持ち上がり、衝撃をさらに緩和させる。

また意外なものまで安全に設計している。例えば、あのボンネット上にあるスリーポインテッドスターすら可倒式(ばねつき)となっており、歩行者が間違って当たっても安全。メルセデス・ベンツの場合、安全のためにはマスコットすら頭を下げるのだ。なお、現在このマスコットはSクラスのみ。他モデルでは黒の下地に大型化されラジエターグリルのセンターに位置し、革新技術の詰まった各センサーがぎっしりと埋め込まれている。

・メルセデス・ベンツの前後衝撃吸収式構造に代表される「内的安全性」

1951年、「前後衝撃吸収式構造」と「頑丈なパッセンジャーセル構造」の特許を取得した。1953年には、この世界初の衝撃吸収式構造ボディを採用した量産乗用車「180」を発表(セミモノコック)している。

その6年後、メルセデス・ベンツは1959年8月に生産を開始した「220Sb」(通称:ハネベン)で衝撃吸収式構造ボディを完成させ(モノコック)、乗用車のボディ構造に大きな改革をもたらした。

しかも室内はステアリングホイールやインストゥルメントパネル等に衝撃吸収材を使用し、埋め込み式ドアハンドルや脱落式ルームミラーをすでに採用していた。セーフティセルと呼ばれるこの安全車体構造は、乗員が乗る客室の剛性を上げ、その前後構造に衝撃吸収能力を持たせている。

メルセデス・ベンツでは正面衝突の場合、例えばボディ先端に10の衝撃エネルギーが加わったとすると、客室のフロント/Aピラーには1の衝撃エネルギーしか伝わらない構造にしている。オープンカーの厳しい「ルーフ落下テスト」では、Aピラーの変形はごくわずかであった。加えて乗員を守るため、13年の歳月をかけて開発したSRSエアバッグは1980年に世界で初めて搭載以来、今や安全の必須である。

・クラッシャブルボディと頑丈な客室の必要性

人体が損傷を受ける原因には、衝撃によるものと圧迫によるものがある。前者は非常に短い時間であり、後者は時間をかけてゆっくりと大きく変形するような衝撃。短時間に加わる大きな衝撃は、脳挫傷や骨の破壊が考えられ、ゆっくりとした大きな変形では圧迫が問題となり、内臓や下肢が大きく損傷を受ける。

大きな衝撃を和らげるには、ボディの衝撃吸収特性が重要になってくる。このため、物理的に柔らかいボディが必要となる。このボディはエネルギーを吸収でき、その特性からクラッシャブルボディと呼ぶ。一方、ゆったりとした大きな変形による圧迫に対しては、客室の生存空間を保たなければならない。このため、物理的に変形の少ない頑丈な客室が必要。つまり、この相反する物理特性を両立させるには、クルマの前部・後部は柔らかく、客室は頑丈にするコンセプトが必要になっている。

・相手車両や歩行者などにも配慮したコンパティビリティ

メルセデス・ベンツのコンパティビリティ(compatibility)とは、衝突時に相手車両や歩行者、自転車などへの影響を考慮し、相互の安全性を可能な限り確保しようというメルセデス・ベンツ安全哲学の一環だ。

メルセデス・ベンツがこのコンパティビリティの哲学を世界で初めて本格的に市販車へ導入したのが、1995年に発表した「Eクラス/W210」。ここで具体化されたのは、自らの衝撃吸収能力をより高めることで生まれたクラッシャブルゾーンの余裕を相手車両と分かち合うという構造である。

この技術はエンジンやステアリング機構、フロントサスペンションなどエンジンルーム内の主要メカニズムをインテグラルサポートと呼ばれる別枠に組み入れ、それを車両側に取り付けるという特別な構造で実現。現在、この考え方はメルセデス・ベンツの全モデルに反映され、衝突時にメルセデス・ベンツの車体前後が相手車両の衝突エネルギーを吸収し、より小さな車両の乗員におよぶ危険をできる限り回避するように設計されている。

ESF 2019の安全実験車に採用されているユニークな安全技術

メルセデス・ベンツは2019年6月に開催されたESF会議で発表した「ESF 2019」で、先進安全技術の数々を披露した。第5世代の安全実験車であるこのESF 2019は「GLE」をベースにし、自動運転システムの採用はもちろん、開発中のさまざまな安全システムが搭載された。パワーユニットはプラグインハイブリッド・システムだ。

このESF 2019が自動運転モードでの走行時にはステアリングホイールとペダルがバルクヘッドに格納され、クラッシュ時におけるドライバーの負傷リスクを軽減している。

とくにユニークなシステムは事故警告表示システムを備えていることだ。事故が発生した場合、自動的に車両の後方から小型の自走式ロボットが走り出し、後方を走行している車両に前方が危険な状態である事を警告して2次衝突事故を防止する。また車両のルーフからも三角表示板がポップアップし、同時にリアウインドウにも危険警告をディスプレイ表示するというものだ。

そして、現在のメルセデス・ベンツの安全性は、ステレオマルチパーパスカメラとレーダーセンサーによる運転支援機能「インテリジェントドライブ」で今また確実にもう1段階上の次元に到達している。

そして、メルセデス・ベンツは2023年6月9日にSAEレベル3に対応したクラス最高のDRIVE PILOTシステムを発表。条件付き自動運転がカルフォルニア州当局から認定された、最初の自動車メーカーとなったのだ。

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自動車を発明したメーカーの責任として、メルセデス・ベンツはつねに革新の安全技術を研究開発し、「安全性を標準装備」している。

現在では言葉や動作で全て自分の好みや学習をサポートする革新のインフォメーションシステムが主流となり、最適な移動を提供する「MaaS」でより豊かな生活が始まっている。その背景にはインターネットとつなぐコネクテッド(C)、自動運転(A)、シェアリング(S)、電動化(E)の「CASE」がある。とくに、自動運転とコネクテッドがさらに進化し、車内でエンターテイメントが存分に楽しめる。こうした時代に脱炭素への流れを踏まえ、AIやコンピュータに頼ることなくモビリティ社会の安全、ひいては自動車を発明した責任において、メルセデス・ベンツはいま一度「クルマは何よりも安全第一でつくられなければならない」と叫びたいことだろう。

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