「世界一安全なクルマ」を目指し開発された「サー・ヴィヴァル」
ガスや電気、水道などのインフラよりも、自動車の普及が先に進んだといわれるアメリカ。モータリゼーションが発達して自動車の絶対数が増えれば、それに比例して交通事故の件数も増える。その反動なのか、かの地では「絶対安全教条主義」的なコンセプトカーがしばしば現れるが、こちらの「サー・ヴィバル」もまた「世界一安全なクルマ」を目指して開発された風変わりな試作車である。
交通事故の多発を憂慮したエンジニアが10年がかりで開発
第二次大戦後のアメリカでは「1台のクルマが工場を出て何年後かに廃車になるまでの間に、平均で1人以上は死傷させている」といわれたほど交通事故の死傷者数が増加しており、ノースイースタン大学工学部出身の技術者ウォルター・C・ジェロームはそのことに大きな危機感を募らせていた。しかしビッグスリーを筆頭とする当時の自動車メーカーの多くは計画的陳腐化やパワー競争といった「商品力を高める」ことには熱心だが、安全対策は二の次、ジェロームの目にはそのように映っていたようだ。そこで彼は世間に一石を投ずるべく、今までにない革新的で安全なクルマの設計に自ら着手した。
自身の理想とするコンセプトカーを作るにあたり、ジェロームは当時最新の1948年式のハドソン「コモドール」を購入。これをベース車両として自身のアイデアを図面に落とし込み、ウスター少年工科学校の生徒たちの協力も得て10年の歳月をかけて完成させた。
万全の衝突安全性と十全なドライバー視界を確保
ご覧のようにこのサー・ヴィバル最大の特徴は、ユニバーサルジョイントを介してエンジン部分と客室が切り離された2分割構造である。ベースとなったハドソン・コモドールが一般的なFRだったのに対し、サー・ヴィバルはフロント部分にパワートレインを集約させた前輪駆動とされている。これは、正面衝突の際にエンジンがキャビンに飛び込んで乗員を傷つけることを防ぐもの。
さらにユニークなのはドライバーの乗車位置。ドライバーズ・タレット(小塔・砲塔の意味)と呼ばれるキャビン中央の高い位置に座ることで、ほとんど360度死角なしの視界が確保できた。車体下部を覆うバンパーは中に空気が充填されたゴム製。横転時にドライバーを守るロールバーにスライドドア。この他シートベルト、ボディサイドのライトなど、後年のクルマでは標準装備が当然となる安全装備の多くも、すでに備わっていた。
ニューヨーク万博で話題を呼ぶも、時代は華麗なスポーツカーに……
このユニークな「安全車」は『メカニック・イラストレーテッド』誌1959年4月号の表紙を飾り、ジェロームは同誌の取材に対し「サー・ヴィバルを年に10台から12台作り、1台1万ドルで販売するつもりだ」と語っている。
サー・ヴィバルは1964~65年にかけて開催されたニューヨーク万国博覧会にも出展され、当時のアメリカではそれなりの話題にもなった。しかしそのニューヨーク万国博覧会といえば、あの初代フォード「マスタング」が華々しくデビューを飾った舞台でもある。多くの人々はマスタングのような華やかで格好のいいクルマに夢中で、「安全オタク」の奇妙なクルマはやがて忘れ去られていった。ジェロームは最終的には1日1台の「量産」を目指していたが、作られたのはこのプロトタイプを1台のみである。
収蔵するナッシュビルの博物館ではレストア計画も
クルマにつけられたサー・ヴィバル(Sir Vival)という車名は交通事故からのサバイバル(survival)に引っ掛けたものであろうか。しかしサー・ヴィバルは量産されることはなく、現在テネシー州ナッシュビルのレーンモーター博物館の所蔵車となっている。博物館ではレストアを行う計画もあるというので今後の情報も気になるところだ。
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ちなみに今回の記事のきっかけとなったのは1台のミニカー。Auto Cult(オートカルト)というドイツのブランドからリリースされている1/43スケールのレジン(樹脂)製モデルだ。同社からは他にも知られざる名車(迷車?)の数々が模型化されているので、気になる向きはぜひそちらもチェックされたし。
■Auto Cult(オートカルト)1/43
車名:Sir Vival 1958(サー・ヴィバル)
型番:06054
定価:3万5200円(消費税込)
問い合わせ:国際貿易 https://www.kokusaiboeki.co.jp