ニヤニヤが止まらないほど嬉しい対面
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第9回は「ついにターコイズブルー号と対面」をお届けします。
待ちに待ったターコイズブルー号が到着
チンクエチェント博物館の深津館長から電話をもらったのは、フィアット500Cツインエアでのんびりゆったり走ることに慣れようと思いながら結局のところ失敗に終わり、まだどことなく不安というほどでもないし疑念というほどでもないのだけどまぁわりとそんなふうな気分で過ごした1月が流れ、月が変わってちょっとしたあたり、おそらく2021年2月の10日を過ぎた辺りだったと思う。ちょっとばかり気持ちが盛り上がっちゃったおかげでメモするのをすっかり忘れてたのだ。
「チンクエチェントが名古屋港に入港しましたよ。通関の作業が終わったら引き上げに行きますけど、嶋田さん、一緒に行きます?」
「行きます行きます行かせてください」
待ちに待った……というほど長かったわけでもないけど、それでも早くこの目で見たかったターコイズブルーのチンクエチェントがいよいよ日本の地を踏んだ、という連絡をくださったわけだ。深津さんが引き取りに行く日を訊ねもせずに「行きます」と答えちゃった僕はわれながらアホだなとは思うけど、不安みたいな疑念みたいなモヤッとした気持ちが一瞬スカッと晴れて期待感がプクッと膨らんじゃったのだろう。
何も動きがなかった1カ月少々の間、僕はフィアット500というクルマについては通り一遍なことは知ってるけど、この際だから少し勉強しなおしておこうと考えて、時間のあるときには本を開いてみたり詳しい人に連絡してみたりして、そういうのが知らず知らず気分を盛り上げちゃってたのかもしれない。
「深津さーん、博物館が“これは聖典”って認めてるようなフィアット500の本ってあったりしますか?」
「深津さーん、チンクエチェントにまつわるおもしろい本とか雑誌とかサイトとかってないですかねぇ……?」
「深津さーん……」
「ねぇねぇ、深津さーん……」
いや、深津さんもいい迷惑である。さぞかしめんどくさかったことだろう。ともあれ、そんなふうに気持ちが高まっちゃってたおかげで、結果、僕は親しくさせてもらってる仕事先との打ち合わせ日程を変更してもらうことになった。アホすぎる……。
かくして2月21日の夕方、僕は新幹線で名古屋に向かい、安ホテルにチェックインして、翌日の引き上げ同行に備えることになった。22日の午前中に港に向かうことになってたから、東京からの朝イチ移動でも間に合うことは間に合うけど寝坊したら一巻の終わりだということと、せっかくなら風来坊の手羽先を食べたい、という理由による。
翌朝10時にチンクエチェント博物館に行ってみるとすでに深津さんが待っていて、深津さんがアシにしてるフィアット パンダに乗せてもらい、そのまま名古屋港に向かう。この日は計4台のチンクエチェントを引き取るのだという。現場でサラッとチェックした後にそれぞれを積車に載せ、博物館の車両のチェックやメンテナンスなどを行ういくつかのスペシャリストのところに運んで、本格的なチェックと必要な部分の作業のやりなおしなどを行うのだという。
積載車の上がよく似合う……なんて思ったり
初めて立ち入る港湾の業者さんの施設の中は、とても新鮮だった。途方もなく大きな倉庫の片隅に、通関が終わった後に保管されていたチンクエチェントが4台、何てことない感じで並んでいる。どのクルマもコンテナに入って船で運ばれて来たため、前後のバンパーは外されている。何だかアバルトが手を入れた500のレーシングカーみたいだな……なんて思ったのは後になって写真を見てからで、現場では初対面となったターコイズブルーをただただしげしげ眺め、観察し、ニヤニヤするだけ。
ちょっとぼんやりくすんだようなオレンジとも赤ともつかないブリックレッドというカラーのクルマを見て、この色も好きだなーなんて思いながら、やっぱりターコイズ ブルー×レッドのクルマをしげしげ見てしまう。
「嶋田さん、パッと見ですけど、仕上がりよさそうですね。まだちゃんとチェックしないと何ともいえないけど、いい感じだと思いますよ」
「そうなんっすか? 俺にはただの綺麗なチンクエチェントにしか見えないんですけど」
「ボディをやりなおしてますからね。綺麗じゃなかったらダメでしょ」
「まぁそうなんでしょうけど……いやぁ、色、いいわコレ。すっごく綺麗な色」
「昔は白とかばっかりで人気のない色だったんですけど、最近はわりと“好き”っていう人が増えましたね。僕もいい色だと思いますよ」
「内装の赤がこれまたいいっすねぇ。思ってたより控えめな赤だし。ターコイズブルーとも結構マッチングいいですね。これは意外でした」
そんな雑談をしながら倉庫からクルマを出し、1台ずつ積車に積んでいく。最後に残ったのがターコイズブルー×レッド号で、それはチンクエチェント博物館にとりあえず運び、深津さんたちがチェックした後にナンバー取得とその他のために別のガレージに運ばれ、それが終わってからPDI、つまり納車前整備のためにまた別のガレージに運ばれることになっている。
積車に乗ってる状態でもドアを開けてみたりエンジンフードを開けてみたりフロントフードを開けてみたりと、落ち着かない僕に、深津さんは「これから一緒に博物館に戻るんだから、そこでたっぷり見られますよ」と苦笑い。その後まったく深津さんの言葉どおり博物館で写真を撮ることも忘れてクルマをしげしげ見ることになったのだけど、港を出る前、積車に載せられたチンクエチェントを見て、僕はこんなふうに思ってたのだ。
「いや、このクルマ積車の上も似合うよなぁ……」
もしかしたらそんなことを思ったのが悪かったのだろうか……? その後、何度となくお世話になる運命が待ち受けてるとは、このときは知る由もなかったのだ。
■協力:チンクエチェント博物館
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