70年代のレーシングポルシェ「934/5」を「リイマジン」する
ポルシェのレストモッドで世界的に有名なアメリカの「シンガー」は2023年6月27日、新作の「DLSターボ」を発表しました。ベースとなる車両は964型「911」で、往年のレーシングカー「934/5」を「リイマジン」するモデルだといいます。一体どんなクルマなのか解説します。
独自の技術でレストモッドの最先端を切り拓いてきたシンガー
ポルシェの964型「911」をベースとした「レストモッド」(レストアとともにエンジニアリングでのモディファイを施し、さらに高性能なモデルを生み出すプログラム)で世界的にその名を知られるシンガー。そのプロセスは、カスタマーがベースとなる964型911をカリフォルニアのシンガーに送るところから始まるわけだが、もちろんその際にはさまざまなリクエストが伴う。サーキット走行にフォーカスしたマシンを望むカスタマーもいれば、逆にオンロードに特化したカスタマーもいるように。
シンガーの仕事はつねに顧客のリクエストを理解することから始まる。2009年に設立され、同年のモントレー・カーウィークで初のレストアモデルを発表したシンガーは、卓越した技術から大きな話題を呼び、その存在は一気に世界へと広まることになった。2014年にはAWDモデルとタルガボディのレストモッドを、2018年にはシンガー独自の軽量化技術によるDLS(ダイナミック&ライトウエイト・スタディ)を、そして2022年にはターボ・スタディが発表されるなど、シンガーの活動は積極的でかつ、ポルシェ・ファンの心をも刺激するものだった。
最新の空力ボディは往年のポルシェ技術陣へのオマージュでもある
2023年6月27日に発表された新作は、DLSにターボチャージャーを組み合わせたモデルであり、1970年代後半にサーキットで多くの勝利をポルシェにもたらした耐久レーサー「934/5」を「リイマジン」するモデルであるとシンガーは語る。シンガーのファクトリーに迎え入れられたベースの964型911は、まずレストアのためにホワイトボディとなるまで慎重に分解され、軽量化と高剛性化のため、ボディにはカーボンファイバー製のパーツが使用される。
ダイナミックなエクステリアのデザインは、ただ単に934/5のそれを模したものではなく、CFD(数値流体力学)による解析によってエアロダイナミクスを最適化したもの。フロント中央のエアインテークとボンネットのエアダクトは冷却性能の向上に、またリアフェンダーのインテークとNACAダクトはブレーキとターボチャージャーの冷却に大きな効果を発揮する。つまりそのデザインはすべて何らかの機能のために存在するわけだが、逆に考えれば1970年代にこのベースとなるデザインを生み出したポルシェの技術陣がいかに優秀だったのかがよく分かる。
ちなみに今回発表されたモデルは、ブラッド・オレンジの車両がサーキット走行を重視したバージョン。モエ・ブランの車両は公道走行に特化したバージョンだ。
独自のDLSターボチャージャーで700馬力を発揮
リアに搭載されるエンジンは、もちろん964型911に搭載されていた水平対向6気筒DOHC 24バルブがベースだ。シンガーはそれに独自のDLSターボチャージャーを装着したほか、電動ウェイストゲート、空水冷インタークーラー、水平マウントの電動式ファンなどを装備。さらに3.8Lエンジンはブロックまで分解整備され、最終的には700psを超えるパワーを9000rpm以上で発揮する高性能高回転型エンジンに仕上げられている。トランスミッションは6速MTで、駆動方式はRWDとなっている。
シャシー関連でもレース仕様のサスペンションやリモート操作が可能なアジャスタブルダンパーなど、こちらも幅広いメニューが用意されている。ホイールはフロントが19インチ、リアが20インチの鍛造マグネシウム製センターロック。タイヤはミシュラン製のパイロット・スポーツ・カップ2、もしくはカップ2Rが、カスタマーの志向に応じて装着される。ブレーキはカーボンセラミック・ディスクと軽量なモノブロック・キャリパーの組み合わせを実現。シャシーの強化もまさに万全の備えを見せる。
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前述したとおり、「シンガー911」や「シンガー・ポルシェ」ではなく、あくまでも「リイマジンされたポルシェ911」とシンガーでは表現する世界最高レベルのレストモッド車。この最新作は2023年7月のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード、そして8月のモントレー・カーウィークでオフィシャルに発表される予定だ。そのフィニッシュの素晴らしさに、このイベントを訪れたゲストは、おそらくは一瞬、ただただ言葉を失うに違いない。