2リッターV8は扱いやすく身のこなしも軽やか
今回ご紹介するディーノ208GT4は、このモデルとしては最初期型にあたる1975年型。2010年代初頭にクラシックカーとして日本にやってきた個体で、現オーナーである贄田勇人さんがイタリアから個人輸入したものである。
かつてイタリアにいた時代の歴代オーナーによって、ホイールをクロモドラ社製の星型に換装するなどのフェラーリ化が施されていたものの、現在では贄田さんがコツコツとパーツを集め、1975年型「ディーノ」に戻している途上とのことだ。
そしてランチア「ストラトス」やフィアット「X1/9」など、同時代のベルトーネ製モデルたちに共通した「コ」の字型のドアハンドルを引いて、現代のフェラーリよりもさらに低いコクピットに乗り込む。そののち、チョークを引いたりアクセルをパカパカと煽ったりするなどのキャブ車特有の「始動儀式」を強いられることもなく、ちょっと長めのクランキングを経てエンジンに火を入れると、即座に安定したアイドリングに入る。
この時代の208GT4のテールパイプは左側1本出しとされていたが、この個体では純正オプションだったと思しき、伊ANSA社製の4本出しスポーツマフラーが組み合わされている。アイドリングは非常に安定しているが、聴こえてくるサウンドは予想以上に荒々しいものだった。
この獰猛な唸り声から、排気量相応にかなりピーキーなエンジン特性であることを覚悟しつつ、この時代のフェラーリらしく重いクラッチを踏み込む。そして同じく、往年のフェラーリの象徴たるゲートから突き出たシフトレバーを左手前に引き寄せて走り出すと、直後からあっけないほどトルクフルなことに感心させられてしまう。
排気量を約2/3まで縮小するため、71mmのストロークはそのまま、ボアを81mmから66.8mmまで短縮したロングストローク型であるうえに、ファイナルギアが低められていることも相まって、低速域から扱いやすいセットアップとされているのだろう。
とはいえ、ロングストロークゆえだろうか、トップエンドの伸びについては、筆者の記憶に残る308GT4よりは少しだけ足りない気がしなくもない。
それでもスムーズな吹け上がり感は、小排気量マルチシリンダーの「特権」とも言うべき心地よさ。ちょっと不用意にスロットルを踏み込むと、タコメーターの針は恐ろしいほどの勢いで高回転側へと飛び込もうとする。
くわえて、4連装されたウェーバー・キャブレターの吸気音が高まるとともに、低回転域ではバラついていた排気音のトーンが、4000rpmを超えて完全に揃ってきたころからドライバーを襲ってくる、まるで脳髄が痺れてしまうような快感。それは、これまで体験したあらゆるV8フェラーリにも勝るかに感じられた。
そしてハンドリングについては、もとよりシャシーバランスの高さでは308GTB以上……? とする評価もあった308GT4と変わらない。例えば身のこなしがボディサイズや長めのホイールベース(2500mm)から予想していた以上に軽やかなうえに、タイトコーナーでもスロットルコントロールは容易。見切りの良いボディ形状も合わせて、あらゆる曲率のコーナーにも安心して飛び込んでいくことができる。
タルガ・フローリオの夢が見られる市販スーパーカー
ちなみに今回の試乗コースは、那須高原の美しいワインディング。シチリア島内陸部の山道に似ていなくもない。だから1960年代初頭の公道レース「タルガ・フローリオ」に、「248SP」などのディーノV8レーシングスポーツとともに挑んでいたドライバーたちは、きっとこんな風景とサウンドを体感していたのでは……? なんて妄想をかき立てられてしまうのだ。
308GT4と共通のシャシー、小排気量V8のもたらした類まれなバランスは、とくにドライビングスキルが十人並みな筆者のごときドライバーにも、安心してアクセルを踏ませてくれる。絶対的な速さでは308に大きく劣るものの、エンジンを下から上まで使い切るライトウェイトスポーツのごとき愉悦は、大排気量・大出力のフェラーリでも味わえないたぐいのものだろう。
とやかく言ってないで、もう認めてしまおう。208GT4は「ディーノ」であろうが、「フェラーリ」であろうが、まぎれもない跳ね馬であると。そして小排気量V8エンジンがもたらす、ほかのフェラーリには望むべくもないライトウェイト感も相まって、比類なきフェラーリとも言えるのである。
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