ミッドシップスポーツカーを身近な存在にしてくれたX1/9
1970年代中ごろ、子どもたちの周りにあるさまざまなモノがクルマ関連グッズと化した空前絶後の「スーパーカーブーム」。当時の子どもたちを熱狂させた名車の数々を回顧するとともに、今もし買うならいくらなのか? 最近のオークション相場をチェック。今回は4気筒エンジンのコンパクトなスポーツカーながらも、あまりにカッコいいスタイルでスーパーカー少年たちに愛されたフィアット「X1/9」です。
気筒の数は関係なく、カッコよければスーパーカーだった
スーパーカーブーム全盛時に筆者は小学校1年生だったが、子どもながらに「スーパーカーのお約束といえばリトラクタブルヘッドライト、ウェッジシェイプ、ミッドシップレイアウトだよね」と考えていた。
この3つの要素が揃っていればエンジンの気筒数はそれほど関係なく、4気筒や6気筒でもいいじゃん、と思っていた。もちろん、12気筒エンジンを搭載しているランボルギーニ「カウンタック」やフェラーリ「BB」シリーズは神のような存在で、8気筒勢もカッコいいよね、と実車や写真を見るたびに感動していたが、6気筒エンジンのランチア「ストラトス」も筆者の中におけるアイドルだった。
4気筒エンジンであってもリトラクタブルヘッドライト+ウェッジシェイプ+ミッドシップであれば立派なスーパーカーだぜ! と思っていたので、ロータス「エスプリ」にも羨望の眼差しを送っていた。そして、もう1台、忘れてはならない4気筒スーパーカーがあった。そのクルマとはフィアット「X1/9」だ。
FF案とFR案を求められたベルトーネが示した第3の道
フィアット「850スパイダー」の後継モデルとして1972年にデビューしたX1/9は、FF量産車であるフィアット「128」の横置きエンジンおよびFWDの駆動系をそのままリアセクションに移設するという手法で造られていた。フィアットがベルトーネに対して128のパワートレインを用いたFFスポーツカーとFRスポーツカーの2案を出すように依頼したが、ベルトーネが第3案としてフィアットに提案したのがミッドシップスポーツカーだったのだ。
1969年に発表されたベルトーネ作のショーモデルであるアウトビアンキ「ラナバウト バルケッタ」がオリジンだったが、スーパーカーブーム全盛時に発行された書物では子どもたちにそのような誕生の経緯や、当時フィアットが進めていたX1計画の9番目の開発モデルであったことからX1/9という車名になったというエピソードなどが伝えられることはなく、「ウェッジシェイプボディのデザインを担当したのはベルトーネ」ぐらいのことしか記されていなかった。でも、往時の熱狂の中ではそれで十分だったのだ。
勘が鋭い、もしくは情報通の少年は、リトラクタブルヘッドライトと着脱式ルーフを備えているウェッジシェイプボディのデザインを手がけたのがベルトーネ在籍時代のマルチェロ・ガンディーニだったことに気づいていたのかもしれないが、大多数の子どもたちは知らなかったはずだ。親に頼んでX1/9のトミカを買ってもらった筆者もガンディーニの作品とは思わなかったので、少年時代にそのことを知っていたら、大人になってから実車のオーナーになっていたのかもしれない。
今なら手の届きやすい相場、これから再注目される可能性は大
同じ4気筒勢のロータス「ヨーロッパ」やBMW「2002ターボ」よりもスーパーカーとして認識しやすい存在だったX1/9は今でも人気がある。やや旧聞に属する話となるが、2020年10月にアメリカでRMサザビーズが開催した「THE ELKHART COLLECTION」オークションでは、1981年式フィアットX1/9が1万6800ドル(当時レートで邦貨換算約250万円)で落札されている。高年式の北米仕様とはいえ、グッドコンディションの個体でこの価格帯なら一般の趣味人でも手を出しやすい領域だ。
「プアマンズ フェラーリ」などと揶揄された時代もあったが、X1/9ほどベルトーネが理想としたスタイルを濃密かつ気軽に感じられるクルマは少ないので、これから再注目される可能性が高いといえるだろう。
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