コストを掛けずに上手に演出
いまや懐古的にしか見ることができないハチロクも、発売当時はスポーツカー好きの心をくすぐるあの手この手が満載であった。トレノのリトラクタブルヘッドライトは言うまでもなく、コクピットはドライブしている時に気分を高揚させるデザインとなっていた。
メーターパネルフード両側に多くの物理スイッチを網羅するのは、70年代コンセプトカーあたりからよく見かけるようになり、80年代のスポーツカーなどでも採り入れた手法だが、ハチロクの場合はスイッチを並べるはずの両峰には、エアコン吹き出し口とダイヤルがうまく配されている。当時のトレンドの雰囲気を上手に活かしたデザインである。
BRZももちろんデザイン的にトレンドを踏襲してある。先代から踏襲したボディスタイルは、古典的でありながらも左右フロントフェンダーやトランクリッドの処理など、しっかりと現代のトレンドも取り入れてある。
フル液晶となったメーターパネルはセンターにタコメーターを配し、視認性の高いアナログメーター表示(スピードは数字で表示)。その両脇に各種インフォメーションが表示されるが、この配置は長らくフェラーリが採用しているもので、ランボルギーニをはじめとするスーパースポーツの分野では王道の配置だ。もっとも車両価格が一桁違うウラカンなどをはじめとする欧州スーパースポーツは、スイッチひとつでさまざまな表示に切り替えることができるが、むしろ、センターに表示するのをタコメーター/スピードのみと割り切っている点が、ピュアなスポーツカー然として潔い。
走行モードを「TRACK」にすると、タコメーターはバー表示になる。AE86の頃にもデジタルメーターがあったが、それを想起させてくれるのは嬉しい限り。さらにメーターパネルの左には、電圧計・油圧計/パワー&トルクカーブ/Gモニターなどを切替表示できる。
前回試乗したスープラと比べると、コクピットのデザイン、マテリアル、そしてテクスチュアの演出は、エクステリアから受ける印象に比例していて齟齬がない。スープラは、メーターパネルそのものとそこに表示されるインフォメーションのデザインが外観から受ける印象に比べてかなりチープに感じられたので、シートに座った時に拍子抜けしてしまった。BRZはそのバランスがいい。
団塊ジュニアには「青春プレイバック」の1台
話は変わるが、先日、クルマ好きのパパ友から、息子と共用で遊ぶために、マツダ「ロードスター990S」を新車購入したことを聞いた。20年弱前に、私のE30M3と当時の彼の愛車で、深夜のヤビツ峠や伊豆スカイラインを走りに行ったことのある友人である。
購入したばかりのNDロードスターで、夫婦で伊豆のワインディングを走った感想を聞くと、「もうこの歳になると、絶対的な速さではなくて、操る楽しさや心地よさだね、クルマに求めるものは」とのこと。
当然のことながら、クルマは日進月歩で進化している。エントリーモデルとしてのBRZは、90年代に青春を過ごしたわれわれが当時接していたクルマとは比べ物にならないほど素晴らしい。もちろん、これはBRZに限らず、すべての現行車に言えることではある。現代のクルマは、完璧すぎて手のかけようがない。だからクルマ熱にうなされる青春の一時期、もっとクセの強い、手をかければかけるだけ応えてくれる旧車の世界に足を踏み入れる若者が多くなったのも頷ける現象だ。
その一方でBRZのコクピットに座ると、私のような世代にとっては、ギラギラしすぎず、サラリと走りを楽しめ、普段使いできる佳きパートナーになってくれそうだ、と思う。二十歳前後の頃を思い出して、夜な夜なスーパーオートバックスに出向いてシフトノブを交換してみたり、マフラーなんかも選んでみたり……。そんな行為がクルマに夢中になっていた頃を思い出すトリガーとなって、毎週末の早朝ワインディングドライブが楽しみになりそうだ。
峠の路肩で、積載車を待つなんてことはまずないという絶対的安心感もある。もう、こうしたクルマとの面倒な駆け引きはすっ飛ばして、コーナーを駆け抜ける時の快楽だけが欲しいお年頃なのだ。もちろん真夏の渋滞でも涼しい車内でオーバーヒートの心配もなく、派手に目立って好奇の目にさらされることもなく……。
ということで、BRZはエントリーモデルである。その一方で、団塊ジュニア世代にとっては、青春プレイバックの一台でもある。わが家も大学生の息子と共用で、趣味車のBRZを購入しようかな、なんて妄想してしまったくらいだ。息子は先代モデルのデザインが好きとのこと。そこで、中古市場でいくらくらいなんだろうと日本全国の中古車物件をネット検索したりするのもまた、若い頃を思い出して、なんとも楽しい時間だったりするのである。