チンクエチェント由来ともいえる2種モデルを発表
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第11 回は「第3回横道選手権開催」をお届けします。
7月4日はヌォーヴァ500のバースデー
7月4日は、チンクエチェントが好きな人にとって、ちょっとばかり特別な1日だ。1957年のその日、のちに稀代の名車と評されることになる2代目フィアット「500」こと「ヌォーヴァ500」が発売となって、御機嫌ナナメの人の気分すら丸めてしまいそうな愛嬌のある姿が街を走りはじめることになったのだから。
僕自身は書物の中でしか知らないのだけど、発売当日は工場を出たばかりのチンクエチェントが何十台も連なってトリノの街をパレードし、それは華やかなデビューだったのだという。何せ国賓級のお歴々まで招かれたそうなのだから。その日の模様はよく知られる何枚かの写真に記録として残されてるから、どれほど華々しいものだったかを窺い知ることができる。まぁ……あまりの簡素さにイタリアの皆さんが怯んじゃったみたいで、デビュー直後はあんまり売れなかったみたいなんだけど。
でも、数カ月後から火がついて爆発的なブームといえる状況に突入し、次第にイタリアの国民車のような存在になったのは立派な史実であり、「イタリアで育った人間なら誰もがひとつぐらいチンクエチェントにまつわる想い出を持っている」といわれるほどの偉大な──めちゃめちゃ小さいけど──存在として現在もリスペクトされ、愛され続けてることは、皆さんも御存知のとおりだ。
今回はせっかくの誕生日のタイミングだからそのあたりのことを……なんて思ってたのだけど、いや、このタイミングでフィアットがやってくれちゃった。なんとこの連載の第7回目で紹介した2代目「トポリーノ」と第8回目で紹介した2代目「600」=セイチェントという、いわばチンクエチェント由来ともいえるモデル2種を、当のチンクエチェントの誕生日に発表してくれちゃったのだ。またしてもの「横道選手権」開催。話がちっとも進まないじゃないか!
新型トポリーノにはクローズドボディも用意
ともあれ、まずは新型トポリーノだ。このモデルに関しては、第7回目で推測したとおりの、ほぼそのままのクルマとして登場した。つまり、いわば原チャリ感覚で乗ってまわるのにふさわしいマイクロEVだ。推測どおりといかなかったのは、写真と動画が公開されていた取り外し可能なロープをドア代わりにしたオープンエア版のほかに、クローズドボディも用意されていたこと。クローズドボディの方は単にトポリーノと呼ばれ、オープンエアの方はトポリーノ・ドルチェヴィータと名づけられている。
同じグループのシトロエン「アミ」をベースにしてるかどうかはアナウンスがないから不明ということにしておくけど、サイズが全長2535mm、全幅1400mm、全高1530mm、ホイールベース1730mmと近似値もいいところだし、5.4kWhのバッテリーを搭載してモーターのアウトプットが8.2psと44Nmであることから、車体とパワートレインは共有してると見ていいだろう。
6kW(=8.2ps/第7回でアミを11.1psと記したのは手持ちの資料の記述ミスでした。ごめんなさい!)以下という最高出力同様、ヨーロッパにおける「クワドリシクル」カテゴリーの規定どおり最高速度が45km/hに抑えられてるのはアミと共通、航続距離が最大75kmというのも共通、ゼロから満充電まで2.3kWの家庭用コンセントで4時間というのも共通。いや、航続距離も充電時間もアミとは表記の数値が微妙に違うのだけど、じつはどちらも「およそ」の数値だったりするので、まぁ共通と考えていいだろう、ということだ。
だとすると……トポリーノも間違いなく楽しいヤツだ。全開加速をしても遅い。目が醒めるほど遅い。0-45km/h加速は10秒ってことになってるけど、それすら「ウソだろ?」と感じることだろう。なのに、あのカッコをしたアミでパーン! と膝を叩いてゲラゲラ笑っちゃったくらい楽しかったのだから、トポリーノだって絶対に膝パン爆笑モノの楽しさであるに違いない。
しかも、だ。初代フィアット500の名前を受け継ぎながら2代目フィアット500を瞬時にイメージさせる姿を持っているのだから、こりゃたまらん、である。エアコンを備え付けることなんて最初から考えられてないから、オープンエアのドルチェヴィータがいいな、いや待て、日本は雨が少なくないし最近の雨は凶暴だからクローズドのトポリーノか、なんて取らぬ「ネズミ」の皮算用をしちゃうくらい、僕自身も欲しい気持ちだ。だって日常的な用事だったらこれで充分にことたりるし、どうせ用事をたさなきゃならないなら楽しい気分でやりたいでしょ? これでいいじゃん! 日々のアシはこれがいいじゃん! である。
ただ、以前にアミを日本に持って来ようとした業者さんが道路運送車両法その他で合わないところが結構あるから断念したと聞かされたことがあるし、アミに一緒に乗った当時のステランティスの社長も導入したいけどクリアしなきゃならない問題がたくさんあるからむずかしいとおっしゃってたから、おそらくトポリーノも日本への導入はないと思う。でも……このスタイリング、この雰囲気、このミニマルさは、2代目チンクエチェントと同じく唯一無二みたいな存在感。魅力的に感じる人もちょっとした日常使いのセカンドカーとかサードカーに欲しい人も少なくないと思うんだよなぁ……。
見た目よりも広くて使える新型フィアット600e
それと較べたら間違いなく日本にも導入されるだろうと予想できるのが、新型フィアット「600e」、セイチェントeだ。これまた第8回での予想とほぼ一致してる感じだった。なかなかやるじゃん俺……と自画自賛したいところだけど、これは大半の人が予想ついてただろうな、きっと。
600eは、日本でも販売されてる「500e」の姉にあたるモデル、フィアットのBEVラインナップに誕生したBセグメントのSUVだ。新しくデザインを起こしたクルマでありながら内燃エンジンを積む「500X」と同じベクトルのスタイリングであること、全長4171mm、全幅1781mm、全高1523mmとサイズもほとんど同じくらいであることから、おそらくカーボンニュートラルを目指すフィアットが500Xの後継的な存在として考えてるだろうことが推測できる。まぁ、500Xも少しの間は併売されることになるんじゃないかな、とは思うのだけど。
e-CMP2プラットフォームを使い、54kWhのバッテリーを搭載。156psと260Nmを発生するモーターで前輪を駆動する。そこは先にヨーロッパで発売されていたジープ「アベンジャー」と同じ構成だろう。航続距離はWLTPの複合モードでグレードによって406〜409km、シティモードで同じく591〜604km。シティモードではアベンジャーよりおよそ50kmほど長い数値だ。いずれにしても、日常的な使用には問題はないし、ちょっとしたロングドライブにも乗って出かけられそうな足の長さだろう。
100kWの急速充電システムが搭載されていて、ゼロから80%までの充電にかかる時間は30分未満、11kWのオンボード充電器と自宅や公共の場での充電に便利なモード3ケーブルも備わっていて、6時間以内に100%の満充電が完了するという。
内燃エンジンの500Xには何度となく試乗をしているのだけど、美点として、じつは日本の環境でものすごく使いやすいサイズだということが挙げられる。時代とともにクルマの大きさにまつわる常識も変化しているわけだが、Bセグメントはだいぶコンパクトな部類。街中でも持てあましたりすることはまずないサイズ感だ。
500Xもそうなのだけど、それでも室内の居住空間にはまったく不満は感じないし、荷物もたくさん積めて実用的でもある。デビューしたばかりのセイチェントeも、おそらく同じだろう。5ドアの5人乗りで、荷室容量は後席を使った状態でも500Xより10L広い360Lだ。
後席をたたんでどれくらいのスペースに拡大されるのかは明らかになってないけど、500Xが1000Lだから、おそらくそれに近いくらいの広さは確保できるんじゃないかと思われる。見た目よりもいろいろ広くて使えるヤツ、って感じなのだ。そういうところ、先祖である初代セイチェントから受け継いでるのかもね、なんて感じてたりする。
ついでにいうなら0-100km/h加速タイムが9.0秒で、「わりと速いじゃん」と評された元気な妹分の500eとまったく同タイム。内燃エンジンの500Xの最速モデルは日本未導入のハイブリッド版で、そちらは9.4秒。そしてBEVならではの低重心/好バランスな設計であることと合わせて考えると、500X同様、いや、500X以上にスポーティな走りを味わわせてくれるんじゃないか? なんて予測も成り立つわけだ。
2代目チンクエチェントの世界観をSUVに投入したデザインをさらに発展させたスタイリング。見た目以上に広々として使い勝手のよさそうな実用性。過不足のない航続距離。そしてスポーティな走りだって期待できる。
ついでに言うなら、フィアットは宣言どおり600eからグレイの設定をやめて、用意されるのはイタリアの太陽、海、大地、空をイメージした、自然と楽しい気分になれるボディカラー4色だ。いや、もしかしたら2代目セイチェントは、僕たちが想像してる以上の明るい万能選手なのかもしれない。
個人的には間違いなく内燃エンジン派ではあるけれど、僕はBEVにはBEVの楽しさや素晴らしさがあることも経験上わかっていて、日常のアシに使うにはBEVがいいかも、くらいには考えてるのだ。このセイチェントe、選択肢としてはじつにいいポジションにいるような気がしてきた。
買い物にはトポリーノ、日常使いはセイチェントe、そして長距離を走るときには1970年式のターコイズブルーのチンクエチェント。なんだかちょっとばかり素敵な組み合わせであるように感じてる。……まぁ最後のクルマの設定にちょっと無理があるっていえば無理があるかもしれないのだけどね。
■「週刊チンクエチェント」連載記事一覧はこちら