環境性能に優れたCVCCと真逆のハイパワーエンジン搭載
マスキー法を世界で初めてパスしたCVCCエンジンや、優れたパッケージングレイアウトが注目されるホンダ初代「シビック」。1970年代を代表する優等生に10カ月だけ生産された異端児がいた。それはホンダファンのマインドを鷲掴みにするパワフルな1.2Lエンジンを搭載した走りのグレード「RS」である。
わずか10カ月だけ存在したスポーティモデル
オートバイの設計を通して培ってきた高度なエンジン技術を誇るホンダは、4輪業界に進出した後も次々に高性能エンジンを生み出し続けている。DOHCエンジンを積むS600は言うに及ばず、軽自動車や商用車までも驚異的な高性能を誇った。
ところが1970年代に入ると、自動車を取り巻く環境が変わってきたことを敏感に察知し、人と地球にやさしいクルマづくりへと舵を切ったのである。
その最初のモデルは1971年に発表した軽乗用車の「ライフだ」。快適で気持ちいいクルマを開発することに目覚めたホンダは、1972年6月に第2弾となる世界戦略車「CIVIC」を送り出している。市民のための新世代ベーシックカーで、左からでも右からでもシビックと読めて好評だった。
FFという駆動方式に2ボックスと呼ばれる合理的な台形フォルムを組み合わせ、広いキャビンスペースを実現した。ライフと似たフォルムだが、軽自動車よりひとまわり大きく、全体を柔らかな面で構成している。グッと踏ん張った、ワイドスタンスのたたずまいが新鮮だ。
台形の2分割グリルを採用し、それより奥まったところに丸形ヘッドライトを配置したフロントマスクも愛嬌がある。リアコンビネーションランプは縦長デザインだ。あまり知られていないが、リアワイパーを日本で最初に装備したのもシビックだった。7月に独立したトランクを備えた2ドアを販売し、9月にはリアに跳ね上げ式ゲートを備えた3ドアモデルを投入した。もちろん、リアシートは前に畳むことができ、広いラゲッジルームが出現する。
パワーユニットは軽量コンパクト設計の1.2L水冷直列4気筒SOHCで、前輪を駆動する。1973年12月にはホイールベースを80mm延長し、後席の快適性を高めた4ドアを追加。エンジンは1.5L直列4気筒SOHCで、このときに副燃焼室を備え、昭和50年排ガス規制をクリアしたCVCCエンジンも加わる。
1974年10月、CVCCエンジンとは逆の性格のスポーツモデルを送り出した。それがシビックRSだ。エクステリアの変更はわずかだが、前後のバンパーにラバーとオーバーライダーが追加され、ブラック塗装のホイールに155SR13ラジアルタイヤを組み合わせた。RSとは「ロード・セーリング」を略したグレード名である。
標準1.2Lエンジンより16馬力パワーアップ
シビック登場時のエンジンは、排気量1169ccのEB1型直列4気筒SOHCのみ。最高出力60ps/5500rpm、最大トルク9.5kgm/3000rpmと、ホンダのエンジンとしては驚くほど控えめな数値だった。トランスミッションも最初は4速MTのみの設定である。
1973年春にホンダマチックと名付けたスターレンジ付き2速ATを追加し、ファンを増やした。年末に1.5Lエンジンを追加している。標準エンジンはEC型、世界で初めてマスキー法をパスしたクリーンな副燃焼室付きCVCCエンジンはED型で、ともに排気量は1488ccだ。
CVCCエンジンは世界中を驚かせたが、ホンダファンが熱い視線を注いだのは1974年10月に送り出したシビックRSのパワーユニットだろう。ベースモデルが搭載するEB1型1.2L直列4気筒SOHCにCVキャブレターを2基装着し、圧縮比を8.1から8.6まで高めた。
最高出力は76ps/6000rpmと16psも跳ね上がり、最大トルクも10.3kgm/4000rpmで0.8kgm増強している。トランスミッションはシビック唯一の5速MTだ。ノーマルエンジンとの差は歴然で、レスポンスは鋭 く、加速も小気味よい。その気になれば6000rpmまで使い切ることができた。
サスペンションは、フロント、リアともにストラットの4輪独立懸架だ。標準グレードよりバネレートを30%ほど高め、ショックアブソーバーも強化している。また、他のグレードは12インチのバイアスタイヤだが、RSは155SR13ラジアルタイヤを履く。最低地上高もGLより10mm低い。
ステアリングギアは軽快で切れ味鋭いラック&ピニオン式だ。ワインディングロードでは痛快な走りを楽しませてくれる。FFスポーツの常でアンダーステアは強めだが、アクセルを抜くとスッと向きが変わるタックインを上手に使えるようになると狙ったラインに乗せられて楽しい。制動能力も高かったので、安心して山道を攻めることができたのだ。
英国車のように各部に木目をあしらったお洒落なインテリア
インテリアは1.2LのGLなどと基本的に同じだ。だが、RSはフラッグシップのためはっきり違いがわかるくらい充実した装備内容となっている。初代シビックのインテリアは機能と合理性を重視しており、驚くほどシンプルだ。ダッシュボードはフロントウインドウに沿って低く取り付けられている。ホンダ得意のトレイ型インパネを採用し、ドライバーの前にメータークラスターをセットし、そのなかに丸い大径のスピードメーターとタコメーターを並べた。
ピラーが細く、傾斜も緩やかなためドライバーズシートに収まると視界がよく、圧迫感もない。スタンダード以外のグレードには、ダッシュボード一面に木目調パネルが張られていて、イギリス車のような雰囲気が漂っていた。これはスポーティグレードのRSでも例外ではない。ウッドのステアリングとシフトノブを装備するRSは、とくに洒落たムードを感じる。
ちなみに他のグレードは樹脂製のステアリングだが、いずれも2本スポークタイプだ。RSはスポーツモデルだが、当初は2本スポークだけだったものの、後期型では3本スポークのものもある。
ダッシュボードに並べられた大径のタコメーターとスピードメーターの目盛りは、ホンダらしからぬ謙虚さだ。タコメーターは7000rpmまでしかなく、レッドゾーンは6000rpmとなっている。スピードメーターも最高速度が160km/hと、ホットハッチとしては控えめに感じる。ただし、助手席寄りの補助メーターを含め、見やすい配置なのがいい。
RSは通気孔を備えたバケット風のフロントシートを装備し、ペダル配置にこだわるとともにフットレストを追加した。ルームミラーは上級クラスと同じ防眩式だ。また、当時のコンパクトカーには珍しい間けつ式ワイパーも標準装備である。
RSは明和やヤマトなど、ホンダ系のチームがレースに引っ張り出し、日産「サニー1200クーペ」やトヨタ「スターレット」と熾烈なトップ争いを演じた。ズングリとしたスタイルからは想像できないほど速い走りを見せ、人々を驚かせている。
ポテンシャルの高さをサーキットでも公道でも披露したRSだったが、わずか10カ月で生産を打ち切ってしまった。新しい価値観でコンパクトカーに新風を吹き込んだシビックのヤンチャ坊主がRSだ。
シビックRS(SB1)
・年式:1974年
・全長×全幅×全高:3650mm×1505mm×1320mm
・ホイールベース:2200mm
・車両重量:695kg
・エンジン:直列4気筒SOHC
・総排気量:1169cc
・最高出力:76ps/6000rpm
・最大トルク:10.3kgm/4000rpm
・変速機:5速MT
・サスペンション(F/R)ストラット/ストラット
・ブレーキ(F/R)ディスク/リーディングトレーリング
・タイヤ:155SR13
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