アルピナが手がけるハイパフォーマンス上級4ドアクーペ
BMWアルピナ「B8グランクーペ」のLCI(マイナーチェンジ)版が、2023年夏ついに日本に上陸を果たし、先ごろ軽井沢を舞台にテストドライブの機会が設けられた。1978年に登場した「B7ターボ クーペ」以来、つねにBMWアルピナを象徴する存在だったフルサイズクーペ。その最終進化形の実像について、お話しさせていただきたい。
ガソリンV8エンジンで巡航最高速度324キロの超高性能を発揮
新型コロナ禍が全世界に甚大な影響を及ぼしていた2021年3月、オンライン形式で世界初公開されたB8グランクーペは、F06時代の「B6グランクーペ」の実質的後継車。この代のB8は、BMW「M8」と直接バッティングする2ドアクーペやカブリオレの設定はなく、4ドアのグランクーペのみのラインアップとなった。
正式名称は、BMWアルピナB8グランクーペ・アルラッド。すなわち当代最新の超高性能車の例にもれず4輪駆動で、さらに新世代の4輪操舵システム「インテグレイテッド・アクティブ・ステアリング」もデフォルトとして装備されている。
ホイールベースは、「8シリーズ」の2ドアクーペ版より約20cmも長い3025mm。全長5090mm×全幅1930mm×全高1430mmと、数世代前の「7シリーズ」にも匹敵するようなグラマラスボディとなり、車両重量は2140kgにも及ぶが、エンジンのパワー/トルクはそれを補って余りあるものとなる。
B8グランクーペに搭載されるパワーユニットは、同時代のB5やB7にも搭載されるV型8気筒4394cc+ツインターボのN63型ガソリンエンジン。最高出力は621ps、最大トルクは800Nmをマークし、「アルピナ・スウィッチトロニック」8速ATを介して4輪を駆動する。
そしてBMWアルピナの伝統として、そのスピードでクルーズできる最高速度を示した巡航最高速度については324km/hを標榜。0-100km/h加速タイムは3.4秒と公表されるなど、超高性能車としての矜持は存分に保たれている。
デビューからわずか1年でブラッシュアップ
そしてデビューからちょうど1年後にあたる2022年3月には、BMW 8シリーズのLCI(ライフサイクルインパルス:マイナーチェンジのBMW式表記)にともない、早くもB8グランクーペはアップデートされることになった。
パワートレインなどの基本メカニズムは従来型から不変とされるいっぽう、外観ではキドニーグリルのデザインが刷新され、光ファイバー技術を用いた「BMWアイコニック・グロー」によって煌びやかに光らせることも可能となった。
くわえて最先端のナビゲーションやインフォテイメントシステム「BMWドライビング・アシスト・プロフェッショナル」などの運転支援システムも最新化されるなど、現代的なアップデートが施されている。
だが、基本的には従来型B8グランクーペから不変のはずである走りの資質までもが、堅実かつ着実にブラッシュアップされていることが、今回の試乗によって判明したのだ。
さらに角が取れた走りはまさしく洗練の極み
AMWでは、昨夏LCI前の前期型B8グランクーペも取材しているが、BMWアルピナに触れるたびにいつも息を呑まされるのが、ラヴァリナ・レザー仕立ての上品かつゴージャスなインテリアである。
ベースであるBMW新型8シリーズの進化にともない、インフォテイメント系がリニューアルされたとのことながら、乗り手の感性に訴えかけてくるのはその違いよりも、「アルピナ」としての瀟洒な仕立てによる違いのほう。サラリとした肌触りの本革シートに腰を降ろすと、明らかに特別なものとして感じさせられる。
そして「START」ボタンを押してエンジンに「火を入れる」。あらゆる電動アシストを持たないV8ツインターボエンジンは、声を荒げることもなくアイドリングに入る。そしてスロットルを踏み込んで走り出すと、低回転から燃焼の「粒」を感じさせるような美声を、あたかもハミングのように聴かせてくる。
ここで気になったのが、従来型B8グランクーペとのエンジンフィールの違いである。もとより素晴らしかった従来型から変更は施されていないはずなのだが、今回の試乗コースがより「踏める」環境だったせいなのか、とくに「SPORT」モードではレスポンスやトルクの盛り上がりが少しだけ向上しているかに感じられ、すでに終焉を迎えつつある純粋な内燃機関のなかでも、もっとも洗練されたもののひとつと断じてしまいたくなる。
トランスミッションは、トルクコンバーター式の8速AT。デフォルトであるATモードに任せた際のシフトタイミングやスムーズな変速マナーもとても良好である。しかも、今回の試乗車両にはオプションのシフトパドルが装備されており、積極的にマニュアル変速したくなってしまう。
そしてこの極上のパワートレインを支えるのが、おなじみ「アルピナマジック」を仕掛けられたシャシーである。2140kgというヘビー級の重量をまるで感じさせないキビキビとしたハンドリングと、舗装面の荒れをほとんど感じさせない乗り心地を完全両立。ステアリングフィールは確実だがシャープすぎることもなく、じつにナチュラルな手ごたえであること自体は従来型から変わっていない。
でも個体差なのか、それともタイヤのせいなのか、乗り心地は従来型からさらに角がとれた印象。脳裏には、リフレインのように「アルピナマジック」という言葉が駆け巡る。
こうしてB8グランクーペを堪能していたら、BMWアルピナがつねに洗練の極みのごとく語られる理由を、今いちど感じ取ることができた気がする。
ワインのごとく熟成された、BMWアルピナ製フルサイズクーペ最終進化形
ボーフェンジーペン家のファミリービジネスだった従来のBMWアルピナは、新興国マーケットの嗜好に合わせた「わかりやすい魅力」が必須条件となっている現在にあっても、徹底して玄人好みに振り切ったクルマ作りを身上としてきた。
そういえば、ボーフェンジーペン家のアルピナはワインの輸入・販売の分野においても、すでに40年以上の実績を挙げてきているという。そして現在もなお、彼らにとってのクルマ作りには、ワインのごとき熟成が重要視されているのだろう。ワインのように熟成されればされるほどに魅力が増してくる。
それは「進化」というよりは「深化」。昔ながらの哲学と方法論による手立てを、コツコツと積み重ねた結果ともいえる。
1978年以来積み重ねてきた経験の集大成として、現在のアルピナが考える最高のクーペGTを創ろうとした。そんなアルピナの信念が結合したのがB8グランクーペであることは、認めざるを得ない。
さらにこのファイナルモデルの素晴らしさは、現在の体制ででき得るすべてのことを行うことで、最後の最後まで「BMWアルピナ」であろうとしている証のように思われたのである。