普通に走る分には支障はないが……
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第14 回は「ゴニョン(仮称)、謎の振動に見舞われる」をお届けします。
驚くほどエンジンの調子がいい!
2021年4月9日。いよいよターコイズブルーのチンクエチェントをはじめて走らせる日がやってきた。午前10時半にチンクエチェント博物館に到着すると、伊藤代表と深津館長が笑顔で出迎えてくれて、そのかたわらでナンバーのついたターコイズブルーが丸まっていた。挨拶もそこそこにクルマに近づいてみると、ナンバーは「名古屋 507 も ・524」だ。
「……524。……ゴーニーヨン。ごっ……ゴニョン?」
思わずマヌケなことを口走ってしまったのは、博物館の関係者の皆さんとの間でのこの個体を特定する呼び名が、何かしら必要と考えてたからだ。何せここはチンクエチェントの博物館。チンクエチェントはたくさんあるし、ターコイズブルーのクルマも少なくないのだ。結果、ほかによさそうなモノを思い浮かべることもできず、何か思いつくまで「ゴニョン(仮称)」と呼ぶことになって、僕はアホなことをクチにしたのを後悔することになる。だって何だかゴニョゴニョとゴネまくってるみたいで感じ悪いじゃないか。
「ちょっとその辺を1周してきたらどうですか?」
深津さんにうながされて小さなドアを開き、潜り込むようにしてドライバーズシートに収まってみる。……うーむ、これこれ。このシンプルな風景。自動車ってこれだけあれば走らせるのにことたりちゃうのだよね、基本的には。それはそれとして、左膝の奥の見えないところにはETCが、ダッシュ中央の下にあるトレイの中にはUSBポートが仕込んである。あらかじめ深津さんにお願いして後付けしてもらった、現代を走るには必要な装備である。
すでにほとんど寒い季節じゃなくなってたのだけど、スターターをまわすときのアクセルペダルの踏み具合、このクルマではどれくらいが適切なのかを知らないからほんのちょっとだけチョークのレバーを引っ張って、スターターのレバーを引き上げる。難なく始動。ひさびさのキャブレターのエンジン、かぶらせずにすんだことにホッとしつつ即座にチョークを戻し、アクセルペダルをごくごくわずかに踏んで暖機を少々。少ししてからアクセルペダルを軽く煽ってみると……あれ? チンクエチェントのエンジンって、こんなにレスポンスよかったっけ? こんなに軽やかだったっけ? 何だかいい感じだな。
いってきまーす! と言いながらソロソロとスタートし、幹線道路に入って加速していく。……あれ? 速い? いやいや、チンクエチェントなので遅いのだけど、でも速い。これまで試乗などで乗らせていただいてきたフィアット500の記憶と較べて、間違いなく速い。
1速のギアが低いしそこからつながる2速も低めだから、そこがややじれったいのはノーマル・チンクエチェントの文法どおり。でも、速度の乗りがいいのだ。昼間の幹線道路だからアベレージは低いけど、難なくその流れにも合わせられる。やるじゃん、18ps! だ。深津さんの言ってたとおり。アルド・グラッサーノさんが組んだこのエンジン、間違いなく当たりだと確信した。ダブルクラッチを踏んでたこともあるけど、トランスミッションの作動もスムーズ。ヒール&トゥもすんなり決まる。これは抜群に調子のいい個体かも! と思った。
……が、一方でちょっとした違和感も感じていた。ステアリングが僕の記憶にあるフィアット500のそれより重いし、ごくごく微かにではあるのだけど、どこかから細かな振動がしてるように感じられる。深津さんが言っていた気になったことって、これかな? まぁフツーに走るには支障はないのだけど。
速度があがるにつれて振動が大きくなる
10分弱くらい走ってから博物館に戻って深津さんにそれを伝えると、まさしくその2点。そこをこれからベーシックベーネ・ニワの丹羽さんにチェックしてもらおう、というわけだ。
博物館からそう遠くないところにある、喫茶店なのに誰もコーヒーを注文せずあんかけスパゲティだけ食べて帰るという隠れた名店でランチをしながら、「チンクエチェントにはこんな感じの個体が結構あって、古いクルマなだけにレストアしても個体差が大きかったりするから、これが正常なのかどうかが判断しにくいんですよぉ」「新品パーツでいろんなところを組んでるから、もしかしてまだそういうところが馴染んでないってことも考えられますよねー」なんて話をしてたわけだけど、結局のところは決定的にダメな感じがしているわけでもないし、原因がつかめるわけでもなくクチにするのは推論に過ぎないわけで。
そんな疑問を抱えたまま深津さんに同乗してもらい、ベーシックベーネ・ニワを目指して出発した。名古屋の高辻から岐阜の可児市にある丹羽さんのところまで、名古屋高速を使って走っていく。制限速度は速いところで80km/hだから、ほぼナラシ中(といってもエンジン回転を制限して走ったら交通の流れを阻害しちゃうからナラシのわりにはエンジンを回さざるを得ないのだけど)のフィアット500が65km/hとか70km/hチョイとかで走っても、まわりにそう迷惑をかけることはない。
そんなふうに考えて高速道路に滑り込み、アクセルペダルを踏み込んで加速を……ところてんを押し出すようなゆるい加速を試みると、やっぱりこれまでの499.5ccのフィアット500より速いし、力強い気がした。けれど……けれど、だ。スピードメーターの針が65km/hに達する頃から微細だった振動がググッと大きくなって、深津さんと僕はほとんど同時に「えー!」と声をあげた。ドライバーズシートとパッセンジャーズシートの間にあるシフトレバーが、まるで五木ひろしさんの拳をグッと握りしめるアクションを何倍速もの早送りで見てるように、前後にプルプルと動いている。走るのに差し障りがあるようなことでもないのだけど、何じゃこりゃ!? である。
「さすがにここまでのはほかのチンクエチェントで感じたことはないですねぇ」
「低速域では微かだった振動がある特定のゾーンに達すると別の何かと共振をはじめてこうなっちゃうんですかねぇ……?」
「嶋田さん、もうちょっとスピード上げてみてもらえます?」
「わかりました。……あれ? 振動が小さくなってきた。……おっ! ほぼ止まりましたね。今、メーターで75km/hちょい、ってところです」
「うーん……何なんだろうなぁ……?」
「ほんと何なんでしょうねぇ……?」
下道に降りたら、もちろんそこまでの振動は出てこない。なるほど。これではPDIの前後のチェック走行で大きな異変を感じられるはずもない。だって、一般道では速度違反になるところまでスピードを上げないと、そのゾーンに入らないのだ。
そうこうしているうちにベーシックベーネ・ニワに到着したわけなのだけど、実はこの日のここまでの写真というのがない。最初は初走行で興奮して、その後は振動に気を取られ、撮ることをすっかり失念していたのだ。なので今回のメインと2枚目は、チンクエチェント博物館のYouTubeの企画・撮影・編集をしているクリエーターのABAさんこと小池雄之さんが、動画撮影をしたときのインサートカットのあまりを分けてくれたものだ。そう、ゴニョン(仮称)は、実は2023年に入ってから動画デビューを果たしているのである。お話は次回に続くのだが、ここに動画をふたつ貼っておくので、それまでの間、ぜひぜひ楽しんでちょーだいまし。
■協力:チンクエチェント博物館
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