なかなかの高値でハンマーが落とされた
クラシックカー/コレクターズカーのオークショネアとしては世界最大手の一つとして君臨するRMサザビーズ社は、この7月、ヨーロッパ本社の主導によって、さる大規模コレクションの保有車両を販売する「THE CARRERA COLLECTION」オークションを開催した。このオークションは国境をまたいだ二部構成とされ、7月7日に「パート1」としてスイスで53台、そして5日後の7月12日には「パート2」としてイタリアで27台を出品。コレクション名が示すように、出品車両は大多数がポルシェとされていた。356Aの時代から近現代のレーシングモデルやリミテッドエディションなど、バラエティに富んだ希少車が大挙して競売にかけられた中、今回は空冷911の中でももっともピュアとされている2リッター時代の、さらに究極的な一台をピックアップすることにしよう。
2リッター911の中でも究極形といわれるモデルとは?
ポルシェの慣例にしたがって1968年夏に登場した1969年モデルにおいて、のちに不朽の名車となる911の進化にとっては最初の大きな一歩が踏み出されることになった。
1963年のデビュー以来、トリッキーな操縦性が指摘されていた911は、「Bシリーズ」と呼ばれるこのモデルイヤーをもって、スタビリティを向上させるためにホイールベースを2211mmから2268mmへと延長。ホイールの開口部も、サイズアップされたホイールとタイヤを収めるために、薄い形状ながらもリップが設けられた。
そして、エンジンリッドの下に搭載される空冷フラット6気筒エンジンは、排気量こそ1991ccのままながら、クランクケースは新設計のマグネシウム合金製とされる。
また「901」を名乗っていた最初期モデル以来、いわゆる「Oシリーズ」と「Aシリーズ」を通じて採用されてきたキャブレターは、中核モデルの「911E」および高性能版「911S」ではインジェクションにアップデート。それまで2基のウェーバー社製40 IDSトリプルバレル・キャブレターを搭載していた911Sでは、独ボッシュ社製の機械式燃料噴射システムへの換装によって10psが上乗せされ、その最高出力は170psに到達した。
いっぽうベーシック版の「911T」はキャブのまま110ps。911Sと同じくインジェクション化された911Eは140psをマークするが、さらに911Sでは専用プロフィールのカムシャフトに大径バルブ、より入念なポート加工、チタン合金製コンロッド、そして高い圧縮比で前述のパワーを得ていた。
くわえて、Bシリーズにおけるシャシーのアップグレードはホイールベース延長にとどまらず、911Sには前後輪ともにより太いアンチロールバー、コニ社製のショックアブソーバー、ベンチレーテッドローター付き4輪ディスクブレーキが装備された。
さらに「S」専用のパッケージとして、5速をオーバードライブとしたトランスミッションにも、特別なギヤレシオが設定されていたとのことである。
356時代の純正カラーを新車時代からまとう、特別な911S
今回RMサザビーズ「THE CARRERA COLLECTION」パート2イタリア篇に出品されたポルシェ911Sクーペは、Bシリーズとしては比較的早い時期に生産され、1969年1月にイタリアのヴェネツィア郊外メストレに、新車として納車された個体とされる。
まず興味深いのは、同じポルシェでも旧い「356」時代の専用カラーであり、当時911には設定されていなかったはずの「ケーニヒスブラウ(Koenigsblau:ロイヤルブルー)」が、最初のオーナーの意向であえて特別注文されていたことであろう。
さらに当時のファーストオーナーは、ハウンドトゥース(千鳥格子)柄のファブリックと黒いレザレット(ビニールレザー)のコンビシート、そしてザックリとした風合いのバスケット織インサートで設えたインテリアをオーダーし、オシャレな特注ボディカラーをまとう911をさらにカスタマイズしていた。
この911Sは、のちにシチリア島パレルモ近郊のボルゲットに長年居住していたことが記録されているが、「カルデックス(Kardex)」社にストレージされた公式ファクトリー生産記録のコピー(ファイルで閲覧可能)でも確認できるように、クラシックカーのマーケットでは重要視される「マッチングナンバー」が、シャシー/エンジン/ギヤボックスともに維持され、レストアの際にも新車時代のオリジナリティが尊重されている。
このオークション出品のために新規作成された公式WEBカタログでは、「大規模かつ正しい時代考証に基づいたレストア歴のあるこの911Sクーペは、1960年代後半におけるシュトゥットガルトの傑作をダイレクトに体験できる絶好のチャンスを提供する一台」と高らかにアピールされていた。
そしてカレラ・コレクションとRMサザビーズ欧州本社との協議の結果、このロイヤルブルーの911Sには、10万ユーロ~14万ユーロというエスティメート(推定落札価格)が設定されていた。だが、7月12日に主にオンライン形式で行われた競売では順調にビッド(入札)が進んだようで、終わってみれば12万3050ユーロ、日本円換算で約1920万円というなかなかの高値でハンマーが落とされることになった。
空冷911のマーケット価格といえば2010年代中盤あたりがピークで、ここ数年は落ちついていた感もある。しかし、今回のハンマープライスはピーク時における相場価格にも匹敵するものといえるだろう。
そこには、来歴やレストア時の時代考証の確かさや現状のコンディションに加えて、たとえば希少なボディカラーが新車時代から継続されていることなども、重要な要因として働いたかに思われるのだ。