フランスで20年のロングセラー、近年もEVとして復活したシトロエン メアリ
かつて1950年代から1970年頃にかけ、自動車史の中に小さいながらひとつのムーブメントを形作った「ビーチカー」と呼ばれるジャンルのクルマたち。その多くは量産実用車のコンポーネンツを利用して生み出された派生車種だった。今回は、フランスで1968年から20年にわたり愛されたシトロエン「メアリ」を当時のカタログや写真で振り返ろう。
2CVファミリーの中で万能の作業車として生まれた
1948年にデビューし、瞬く間にフランス全土を埋め尽くしたシトロエン「2CV」。その後2CVはフランスの国民車としてじつに1990年まで生産される長寿モデルとなったのはご存知の通りだ。ともあれ、戦後間もなくデビューしたシトロエン2CVは、当初は都市の住人のための「乗用車」でもあり、同時に農村の人々のための「軽トラック」でもあったわけだが、2CVがフランス全土にひと通り行き渡った1960年代、シトロエンは2CVをベースとした派生車種を相次いで追加する。それが1961年に登場した「アミ6」、1967年に追加された「ディアーヌ」、そして1968年にデビューした本稿の主役、「メアリ」である。これらの派生車種は、デビューから長い時間が経ち新鮮味が薄れた2CVを援護しつつ、小型車市場におけるシトロエンのシェアを維持・拡大するためのカンフル剤としての意味合いもあったことだろう。
アミ6は一般的な(2CVに比べれば)乗用車のボディが与えられたセダン/ワゴン、ディアーヌは2CVの面影を残したその上級・正常進化版というポジションであったのに対し、メアリは2CVをベースにした万能ピックアップとでもいえそうな作業車として生まれた。初期の2CVが1台で全てをこなす汎用選手だったのに対し、シトロエンはそのキャラクターを乗用車としてのアミ6/ディアーヌと、はたらくクルマとしてのメアリにそれぞれ割り振ったようにも見える。
そう考えるとこのメアリは、あくまでも農林水産業などの現場で活躍する軽便な作業車として企画・生産されたものといえ、例えばフィアット「500ジョリー」のような、貴族の遊びのために作られたクルマとは対極にあると言えるかもしれない。
そもそもメアリ(Méhari)という名前自体が砂漠を往くキャラバンで活躍するヒトコブラクダの意で、そこにかつて1920~30年代にシトロエンが行った探検旅行「黄色い巡洋艦隊」「黒い巡洋艦隊」のヘビーデューティなイメージを重ねるのは、さすがに穿ち過ぎな見方であろうか。
ABS樹脂ボディを採用して製造も交換もラクラク
このメアリのシャシー自体は2CV由来、正確には602ccのOHV空冷水平対抗2気筒エンジン・前輪駆動のディアーヌ6と共通だが、やはり最大の特徴は、なんといってもABS樹脂で成型されたバスタブのような独自のボディだろう。樹脂製ボディといえば、それまでにもロータス「エリート」やポルシェ「904」、富士自動車「フジキャビン」などいくつかの例があったが、それらはいずれもFRPボディ。外板すべてにABS樹脂が用いられた量産市販車はこのメアリが初である。
耐熱・耐衝撃性に強く加工もしやすいABS樹脂は、成型後にボディ塗装が必要なFRPボディと異なり、樹脂の発色そのものがボディカラーになりえた。これは生産工程的にも有利に働いたことだろう。当時メアリに用意された黄土色、赤、緑のカタログカラーはボディに塗られた塗料の色ではなく、ABS樹脂の成型色そのものなわけだ。
ビーチで活躍するレジャーカーとして若者に大ヒット
もともとは働く人々のためのツールとして生を受けたメアリであったが、その汎用性の高さとユニークで楽しげなキャラクターはデビューから程なく、本来メーカーが意図していなかったユーザー層からも大きな注目を集めるようになる。傷にも強くパネルの交換も容易、水にも強いABS樹脂ボディのメアリは、本来の「はたらくクルマ」としての用途以外に、リゾート地のビーチなどを走り回る「レジャーカー」としても、若い世代を中心に人気を博したのである。デビュー当初は左右のドアさえ持たない簡素なメアリであったが、ドアやハードトップなどの自動車らしい装備を徐々に追加しつつ、じつに1987年まで生産されるロングセラーとなった。
メアリの生産中止後にはフランス国内のメアリ・クラブ・カシスという小規模なファクトリーがシトロエンのお墨付きのもと、独自にメアリの「新車」を作ったり、パーツの供給を続けたりという活動を行っている。
さらには2016年、シトロエン自身もメアリをオマージュした「Eメアリ」と呼ばれる全く新しい4座オープンの電気自動車をリリースした。これはメアリがいまなおフランス人にとって欠かすことのできない「懐かしの軽便な作業車」、もとい「青春の思い出とともにあるビーチカー」といった強い記号性を持つことの証といえるだろう。