軍用車として開発されるも民間向けで30年にわたるロングセラーに
かつて1950年代から1970年頃にかけ、自動車史の中に小さいながらひとつのムーブメントを形作った「ビーチカー」と呼ばれるジャンルのクルマたち。その多くは量産実用車のコンポーネンツを利用して生み出された派生車種だった。今回は、イギリス生まれで1964年から1993年まで生産された4座オープンの多目的車「ミニ モーク」を振り返る。
「ミニ」の開発と同時進行で小型軍用車版として開発
1959年、イギリスのBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)からデビューした、ご存じ「ミニ」。当初はモーリスとオースティンの両ブランドからそれぞれ「ミニマイナー」、「セブン」という名称の姉妹車としてデビューした。現在では当たり前となっている「フロントにエンジンを横置きで搭載し前輪を駆動する2ボックス・セダン」というフォーマットを確立した、まさに自動車史上に残る革命的なモデルである。そして大きな成功をおさめた大衆車の例に漏れず、このミニも2000年にその長いモデルライフをまっとうするまでの間、さまざまな派生モデルを生み出した。
その中でもとくによく知られる1台が、1964年にデビューしたミニ モークだろう。ちなみに車名のモーク(MOKE)はロバの意。実車のキャラクターをよくイメージさせるネーミングだ。
ミニ モークはエンジンや足まわりなどの主要コンポーネンツをミニと共用しつつ、箱型断面のサイドシルがボディの主要骨格となるオープン4座の多目的車だ。実用大衆車をベースに生まれた類似のオープン4座の多目的車といえば、例えばフランスのシトロエン「メアリ」などが思い起こされる。メアリが民生用の多目的車として生み出され、その派生モデルとして軍用へのバリエーション展開が検討されたのに対し、逆にこちらのモークはもともと軍用車として採用されることを念頭に開発されたモデルだ。
当時イギリス連邦軍で広く使われていた汎用車両といえばランドローバーであったが、BMCもこの市場に参入すべくベースのミニの開発と並行してこの「小型軍用車」のプロジェクトも進めていたわけだ。ベースとなったミニと同様、このミニ モークもかのサー・アレック・イシゴニスの手によるものである。ミニがデビューした1959年にはすでにモークの試作車(当初はバックボードという名で呼ばれた)も完成していたという。
残念ながらモークは軍に採用されるに至らず……
モーク(=バックボード)を軍用車として活用した場合の利点は、やはり小型軽量ということ。その特性を最大限活かすため、空挺部隊の兵士とともに輸送機からパレットに乗せたモークをパラシュートで降下させ、着地後に迅速な戦術機動を行うことを念頭に開発が進められた。そのパフォーマンスは実際に軍関係者の前で公開されたが、ここで大きな問題が発生する。
早くから舗装が整備された英国の道路。その良好な路面を前提に造られた10インチの小径タイヤを履いたミニ。このミニをベースに作られたモークは、戦場の不整地を走破するにはあまりにもロードクリアランスが不足しており、またその過酷な用途に対してはエンジンも非力だったのだ。
余談ではあるが、イギリス軍は第二次世界大戦中に「ウェルバイク」と呼ばれた折りたたみ式の超小型バイクを開発し、これをコンテナに詰めて空挺部隊の兵士とともにパラシュートで降下、実戦に投入しているが、こちらもモークのエピソードに似て大きな活躍はしていない。ともあれモークが軍に採用されるには至らず、パラシュートで戦地に降下されることはなかった。
ユニークな多目的車として若い世代を中心に流行した
イギリス軍には採用されなかったモークだったが、前述の通り1964年にはユニークな多目的車として一般市場向けに市販されることとなった。当時、若い世代を中心に世界的な流行となっていた「ビーチカー」の潮流にも乗り、こちらでは大きな成功を収めることとなる。
その後モークはイギリス本国のほか、オーストラリアやポルトガルなど海外の工場でも生産され、ベースとなったミニ同様、エンジン排気量の拡大やホイールの大径化、ハードトップの設定などの改良を加えつつ1993年まで作り続けられた。
2010年のデトロイトモーターショーに出展されたBMWミニの「MINIビーチコーマー・コンセプト」は、もちろんこのミニ モークへのオマージュである。また2017年からは「MOKE」の商標を所有するイギリスのMOKE International Limited社が、今後はEV化されたモークを生産していくという。かつても今も、ミニ モークはまぎれもなく「ビーチカー」のアイコンのひとつなのだ。
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以下蛇足。1960年代当時に発売されたイギリスはディンキートイズのミニカーは、ノーマルの市販モデルのほか、パレットとパラシュートが付属する軍用モデルや、人気TVドラマ『The Prisoner(邦題:プリズナーNo.6)』に登場する劇中車のカラーリングが施されたモデルなど、実車に即したバリエーション展開が行われていた。このことから、実車を見たことのない子どもたちでもモークの成り立ちがそこはかとなく理解できていたように思う。