タイムカプセルから取り出されたようなオリジナリティ
毎年8月の「モントレー・カーウィーク」では、中核イベントである「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」や「ラグナセカ・モータースポーツ・リユニオン」にくわえて、欧米を代表する複数のオークションハウスが、カルフォルニア州モントレー半島の各地でクラシックカー/コレクターズカーの大規模オークションを開催している。
2023年の目玉は納屋物件
そして2023年、もっとも話題を呼んでいるのが、RMサザビーズ北米本社の「Monteley」オークションの目玉となっていた「Lost & Found Collection」。いわゆる「バーンファインド(納屋で発見)」された、20台のフェラーリたちである。
このコレクションの多くは、かつてル・マンやミッレ・ミリア、タルガ・フローリオなどで活躍したヒストリーを持つ珠玉のクラシック・フェラーリたち。ところが、さるコレクターのもとにあった2004年、フロリダ州を襲ったハリケーン「チャーリー」で被災してしまったのち、伝説的なインディアナポリス・モーター・スピードウェイ近隣の巨大倉庫に秘匿されたまま現在に至るという、とても数奇な運命をたどってきたとのことである。
今回はその中から、フェラーリ「308GTB」のファーストモデルにあたるFRPボディ車両、通称「ヴェトロレズィーナ」のオークション結果についてお話ししたい。
生産台数は712台! FRP製ボディのフェラーリとは
1975年のパリ・サロンにて初お披露目された、フェラーリ308GTB。その最初の数年間に生産された車両は、フェラーリ製ストラダーレ(ロードカー)としては特異なFRP製のボディを与えられていた。このFRP製の308GTBのことを、イタリアでは「Vetroresina(ヴェトロレズィーナ)」の愛称で呼ぶ。
「ヴェトロ」とはガラスのこと。そして「レズィーナ」はレジン、樹脂を意味する。つまりガラス繊維を樹脂で固めた「グラスファイバー(FRP)」をそのままイタリア語としたニックネームである。
そして、「ヴェトロレズィーナ」という単語が世界中のフェラリスタの間ではポピュラーとなった現在、コレクターがとくに関心を寄せるのはその希少性である。ある資料によれば、グラスファイバー製ボディワークを採用したのはわずか712台だったという。
くわえて、これら初期のグラスファイバー車は、1977年下半期に登場したスチール製ボディの308GTBよりもかなり軽量であった。スチール化された当初は、公称データの車両重量はFRP時代から不変とされていたが、実際にはヴェトロレズィーナに対して、スチールボディ車両は150kg~200kgほど重くなったともいわれているようだ。
いっぽうミドシップに横置きされるパワーユニットは、バンクあたりDOHCヘッドを持つ90度V8「ティーポF106A」エンジン。1973年に先行デビューしていた「ディーノ308GT4」と共用のものを、同じく横置きされた5速マニュアルのトランスミッションと組みあわせた。
このエンジンの総排気量は2926ccとされ、4基のウェーバー社製ツインチョーク式キャブレターが装着された初期のイタリア本国仕様では255psのパワーを発揮。結果として250km/h級の最高速度を達成する高性能車となるとともに、現行の「296GTB」に至る「ピッコロ・フェラーリ」の開祖というべき存在となったのだ。
タイムカプセルから取り出されたような個体ながら、落札価格は振るわず
このほどRMサザビーズ「Monteley」オークションに、「Lost & Found Collection」の1台として出品されたフェラーリ308GTBは、1976年6月に完成し、かつては世界一のフェラーリ・ディーラーとして君臨していたルイジ・キネッティを通じて、アメリカ合衆国内で新車デリバリーされた個体とされる。
1978年には、ニューヨーク在住の初代オーナーによって、「Ferrari Market Letter」にFor Sale広告が出された際には「赤ボディにベージュの内装、走行距離はわずか3000マイル(約4800km)」と自己申告されていた。
また、のちに長年この個体を保有することになるウォルター・メデリン氏が1979年4月に入手する直前、ジョージア州タッカーの「FAF Motorcars」社によって売りに出され、この時点での走行距離は5200マイル(約8400km)と説明されていた。1980年頃に撮影された写真には、現在と同じロッソ・コルサのボディカラーに、「タン」および「ネロ(黒)」のインサートが入った本革レザーインテリアという、クラシックな組み合わせが記録されている。
ところが、そののち使用される機会は限られていたようで、今回のオークションカタログ作成時にオドメーターが刻んでいた走行距離は、わずか9587マイル(約1万5400km)だった。
そして、ハリケーンによる損傷か、あるいはそれ以前の事故によってかは不明だが、スカリエッティ製グラスファイバー製ボディワークは、フロントガラスと同様にダメージを受けていながらも、希少な308GTBヴェトロレズィーナのほぼ完全な一例であることに変わりはない。しかも、ナンバーズマッチのエンジンとギアボックスが残されていることから、魅力的なレストアベースとなるだろう。
インテリアには「ヴェリア・ボレッティ」社製の純正メーターがフル装備され、ダッシュボードにはカセットデッキつきの独「ブラウプンクト」社製AM/FMラジオが取り付けられている。さらに運転席側には、これも当時の純正指定パーツだった「ヴィタローニ・カリフォルニア」ミラーが残されているほか、この時代のフェラーリのアイコンともいうべき5本スポークのアロイホイールも、4本ともにオリジナルが装着されている。
もちろん写真を見れば一目瞭然ながら、ランニングコンディションを取り戻すためには、ボディ/インテリアは当然のこと、エンジンや燃料系、潤滑系に電気系などあらゆる部位で大幅なリニューアルを必要としているのは間違いない。
それでも、タイムカプセルから取り出されたようなオリジナリティは魅力的な要素になり得ると判断したのだろう。RMサザビーズ側では12万5000ドル~20万ドルという、かなり強気なエスティメート(予想落札価格)を設定していた。
ところが、2023年8月17日に「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」の条件で行われた競売では、予想以上にビッド(入札)が進まなかったのか、予想をはるかに下回る7万8400ドル、日本円に換算すれば約1140万円という、比較的穏当な価格でハンマーが落とされることになった。
いくら希少なヴェトロレズィーナとはいえ、じっくり待てばほかにも選択肢がありそうな308GTBで、これから莫大な投資を要するであろう個体をあえて選ぶことはない……。それは、とても賢明な判断だったとも思われるのだ。