人生初のフェラーリは365GT 2+2だった
モータージャーナリストの中村孝仁氏が綴る昔話を今に伝える連載。第9回目はフェラーリ「365GT 2+2」との出会いを振り返ってもらいました。
フェラーリでたばこを買いに行った思い出
僕のいた会社の展示場への入口はかなりきつめのスロープが付いていて、そこを上がるには必ずエンジンをふかしてこなくては無理だ。その朝、突然轟音とともに1台のクルマが入ってきた。フェラーリ「365GT 2+2」であった。
颯爽と降りてきたのは会社の社長。バイトで入社して初めてそのとき会った。風貌は背が高くスポーティで、非常にハンサム。でもちょっと怖そうな顔……そんな印象だった。すでに入社して数カ月がたっていたが、どう挨拶してよいか、緊張した。
自動車事業部長に紹介してもらったが、二言三言交わした後に「おい、タバコ買ってきてくれないか」と。 すぐさま、「はいわかりました、で銘柄は?」と聞くと、銘柄を言った後に、それで行ってきていいよ、と顎でフェラーリを指す。一瞬「えっ!」。すると、部長から「社長が良いって言っているんだから、フェラーリで行ってこいよ」と。
かくして人生初のフェラーリ・ドライブが敢行されることになった。あまりに緊張してそのとき言われたたばこの銘柄はもう忘れてしまった(あとで思い出したがたしかセブンスターだ)。後々このクルマは散々運転することになるのだが、そのときの初ドライブは忘れ難い思い出として残っている。当時感じたのはクランキングの音が普通のクルマとは全く異なること。そしてそれが長いこと。エンジンがかかると爆発的なV12の音が響き、アイドリングは比較的ラフだった。
ヴェリアのタコメーターはアイドリング中に全くじっとしていることが無く、つねに上下に跳ねまわっていた。慎重に慎重にドライブした距離は1kmといったところだろうか。それでも天にも昇る気持ちだった。会社は当時、売れないクルマに社長を乗せて、言わば広告塔の役目を果たして本社のあった溜池周辺を走り回ってもらおうと言う魂胆。それが功を奏したのか、この茶色のフェラーリ365GT2+2はほどなくさる高名な人に売れたのである。