往年のドリフト車JZX100チェイサーで優勝したKANTA
近年のドリフト競技は、最新車や現行車の導入が進み、それらのマシンがつねに上位で成績を残している。そんななか、往年のドリフト車というべきJZX100型トヨタ「チェイサー」で戦い続けている男がいる。それがKANTAだ。2023年8月19日(土)~20日(日)に滋賀県のグランスノー奥伊吹で行われた「フォーミュラドリフトジャパン」第5戦で今季初優勝を果たした、注目の若手ドライバーのバックグラウンドとは。
一番勝ちたかった大先輩をファイナルで制して優勝!
2022年からKANTAにエントリー名を変更したが、2021年までは「柳杭田 貫太(ヤナクイダ カンタ)」の本名でエントリーしていた、23歳の若手ドライバー。これまで今年2023年の第3戦を含め数多くの単走優勝を経験していて、2021年第2戦のスポーツランドSUGOでは優勝した実績を持つ。しかし今シーズンの勝ち星はまだなく、第4戦終了時点でシリーズランキングは9位。しかし8月19日~20日に行われた第5戦での優勝によりシリーズランキングも4位に浮上し、シリーズチャンピオン優勝争いに食い込んできたのだ。
13歳からドリフトを始めた若きドライバー
23歳の若さでドリフト競技においてトップで活躍しているKANTAだが、13歳からドリフトを始めており、ドリフト歴も10年を数える。もともと父親が趣味でやっていたドリフト。父親についていき、観たことで、ドリフトの魅力にどっぷりとハマっていった。13歳になると学校のない土日は実家の近くにある青森県の「モーターランドSP」に、ドリフトを練習するために通っていたという。
KANTAがドリフト大会に初めて出場したのは14歳のとき。FDJ3の前身となる「MSCチャレンジ」のビギナークラスに出場し、3位入賞を果たした。16歳の高校1年のときには、MSCチャレンジのトップカテゴリー・エキスパートクラスに出場し、2位を獲得した。ファイナルの対戦相手は小橋正典。数度のワンモアタイムの末、敗れている。そのときから小橋正典とは数度対戦しているが、1度も勝つことができなかった。そんなこともあり、今回の優勝は格別だと言う。仮表彰での「優勝!」コールに、KANTAは号泣した。これまでのドリフト人生の想いが一気にあふれ出したのだ。小橋正典はドリフトを教えてくれた兄貴であり、KANTAにとって憧れの大先輩なのだ。
約850馬力までパワーアップしたJZX100
現在KANTAは、ドリフトの聖地として有名な福島県「エビスサーキット」の社員として働き、エビスサーキットのドリフトチーム「チームオレンジ」のメンバーでもある。フォーミュラドリフトジャパンで使用しているJZX100チェイサーは、2021年のスポーツランドSUGOラウンドから導入。そのとき優勝を果たしたメモリアルマシンである。JZX100は今年さらなる進化を遂げており、トランスミッションをHパターンのジーフォースからホリンジャーのシーケンシャル6速に変更。さらにエンジンもターボ化などを施し、約850psまでパワーアップを果たした。
マシントラブルに悩みながらも確実に順位を上げた
今年はマシントラブルに悩まされているが、今回の奥伊吹ラウンドでも、予選前の練習走行中にドライブシャフトが折れる不具合があった。しかし修理する時間が残されていたため、予選走行前には修理を完了し、91ポイントを叩き出したのだ。2本目も84ポイントを獲得し、6位で予選を通過した。
現在のフォーミュラドリフトジャパンの予選上位陣は、BMWやA90スープラ、RZ34フェアレディZ、GR86、GRヤリスなどの今どきのマシンが食い込んでくる。動きも良く、作り方も新しい新型ドリフトマシンはかなり進化している。
しかしKANTAのJZX100は、さほど軽量化もしておらず、さらに従来のアングルキットを使用しており、ワイズファブなどの今流行りのナックルではない点でも劣っていることは否定できない。KANTAはJZX100のポテンシャルで限界まで攻めているが、上位陣とはやはり差が出てしまう。それでも「JZX100でできることを、自分の持っているものを、すべて出し切る」つもりで戦っているのだ。
今年は追走でも成績が残っていなかった。第3戦のスポーツランドSUGO、第4戦の富士スピードウェイはともにトップ32で敗退。スポ―ツランドSUGOでは単走優勝していながら、トップ32で敗れている。そのことを重く受け止めたKANTAは、お盆休みを利用して青森県のモーターランドSPで、追走を想定した練習をひたすら行い走り込んだ。モーターランドSPには小橋正典もいるので、練習相手をしてもらった。先輩の力を借りながら、すべてを出し切って戦う準備をしたうえで挑んだラウンドだった。
ターニングポイントになったのは高橋和己戦
今回の決勝トーナメントでのターニングポイントは、高橋和己戦だったのではないだろうか。追走1本目、先行は高橋和己、後追いはKANTA。このときKANTAは速度ある髙橋和己のBMWに必死に食らいついた。それが髙橋和己にとって「あそこまでやらないといけない状況」を作り出したのではないだろうか。髙橋和己が後追いのゾーン1での珍しいミス、先行のKANTAのマシンに接触してしまったのだ。
しかしこの戦いでのクラッシュのダメージも大きかった。KANTAのJZX100のアライメントは大きく狂い、最後まで思うように動かない状態。メカニックも見た目だけでの調整をする時間しか残っておらず、できる範囲内の対処のまま、ファイナル4に向かった。ベテラン山下広一とのバトルは、それを感じさせない走りを披露する。自分の思うように動かないマシンをラインだけはしっかりと取って走り切る、その精神で走り続けた。
大先輩である小橋選手を打ち破って見事優勝を勝ち取った
ファイナルの対戦相手は、小橋正典。小橋正典のA90スープラは、この日誰よりも進入速度が速く、KANTAも付いていけないと感じていた。これまでも小橋正典とは、フォーミュラドリフトジャパンの舞台で何度か対戦しているが、KANTAがやり過ぎて接触するか、コースアウトするかで敗退。小橋正典のスピードが速いことは分かっているが、毎回その速度につられる形でミスを出してしまっていた。今回も小橋正典のA90は、想定内の速い速度で進入するため、スタートで離される。それでも無理に追ってはいけないと思い、自分のラインをトレースすること、冷静なドライビングを心がけた。
「自分のなかの100%があって、それを先行車両につられて100%を超えて負けることはしたくなかった」
走行後、KANTAはそう答えている。結果は先行の2本目、後追いの小橋がゾーン1でオーバーラン。それが勝負の決め手となった。走っていたときは、かなり後ろに迫っていたので、ワンモアもしくは負けかなと思った。軽い接触もあった。それも含めてやられていると思った。しかし、結果は優勝。師匠であり大先輩の小橋正典に、初めて勝利した。
「自分のなかでは、正典さんに対してコンプレックス的なところもありました。今まで勝てるイメージがなかったのです。その壁を今回超えることができました。今まで走ってきた想いが勝利宣言を受けたあとに一気に湧き出てしまって……」
勝利宣言後の涙の意味。これまで超えられなかった壁を越えた瞬間だった。KANTAにとって、今まで戦って得た勝利のどれよりも嬉しい勝利。今回の勝利でシリーズチャンピオンも狙える位置まで上がってきた。意識はせずに自分のベストを尽くす。最終戦のKANTAの戦いから目が離せない。