サイトアイコン AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

「ルート66」の醍醐味はミズーリ州にこそあり!? 今や米国でも希少な「ドライブインシアター」もオススメです【ルート66旅_14】

日本どころか本場のアメリカでも希少になったドライブインシアター。ルート66の沿線ではここを含め3カ所がまだ営業中だ

ミズーリ州のルート66に寄り添うモーテルとドライブインシアター

広大なアメリカを東西2347マイル(3755km)にわたって結ぶ旧国道「ルート66」をこれまで5回往復した経験をもつ筆者が、ルート66の魅力を紹介しながらバーチャル・トリップへご案内。シカゴを出発して西に向かい、イリノイ州からミズーリ州へ。中西部には派手なスポットこそ少ないですが、アメリカらしさをしっかり味わえるのが魅力。今回は、お勧めのモーテルとドライブインシアターを紹介します。

噛めば噛むほど味が出るミズーリ州

約500kmを走るミズーリ州のルート66も残りわずか。ニューメキシコやアリゾナのように壮大な風景は少なく、旅を始めたころは若干ながら退屈さを覚えることもある。ところが何度も訪れるうちに緑が豊かな丘陵や森林に癒しを感じたり、西部ほど観光客に慣れていない人たちの素朴さが好きになっていった。

以前、アメリカ在住でルート66を何度も走っている知人に、一番お気に入りの州はどこか質問したことがある。彼は間髪を入れずに「ミズーリだね」と即答したが、その気持ちが私も理解できるようになったと思う。

そんな噛めば噛むほど味が出るミズーリ州を締めくくるのは、ルート66の書籍や写真集で必ず紹介されるモーテルと、日本ではほぼ絶滅してしまったドライブインシアター。いずれも創業から70年を超えた老舗で、今も世界中にファンがいる聖地のような存在だ。

独特なネオンサインで迎えてくれるマンガー・モス・モーテル

ひとつめの「マンガー・モス・モーテル」は第2次世界大戦が始まるよりも前の1936年、ネリー・マンガーとエミット・モスの夫妻によって建設されたのが歴史の始まり。ただし最初はモーテルではなくサンドイッチ店で、場所も現在のレバノンより東のデビルズ・エルボーだった。

当時からルート66の旅人に愛されるスポットだったらしいが、ルート変更で売上が低迷し事業ごと売却することになる。現在のレバノンでレストランとして再開したのは1945年、翌年にはモーテルが作られ旅人のオアシスになったという。

私が初めてマンガー・モス・モーテルに泊まったのは2011年、現オーナーであるリーマン夫妻に初対面と思えないほど歓迎され、近所の美味しいレストランや観光スポットなどを紹介してもらった。モーテルの部屋も半世紀を軽く超える歳月を感じさせない清潔さで、1泊でチェックアウトするのが惜しくなってしまうほど居心地がいい。全線走破にひと区切りを付けてからはなかなか再訪できずにいるが、ルート66で好きな宿を3つ挙げろと聞かれたら、ここは確実にランクインする。

大きく独特なデザインのネオンサインはミズーリ州のルート66を象徴する存在でもあり、少し西にあるウェルカムセンターがサイズこそ小さいが同じ形状の看板を使っているほどだ。

老舗のドライブインシアターは今や貴重な文化遺産

ふたつめの「66ドライブイン」はカンザス州に近い、カーセージとウェッブ・シティのほぼ中間にある。ドライブインシアターとは広場に巨大なスクリーンを設置し、観客が音声をカーラジオから受信しつつ車内で鑑賞する劇場のこと。アメリカでは1940~60年代に全盛期を迎え、日本でも少し遅れた1980~90年代に流行した。

カーセージで66ドライブインがオープンしたのは1949年、当時はカーラジオの普及率が決して高くなかったせいで、音声を流すスピーカーがいくつも用意されていたという。周囲を気にせず飲食や会話しながら映画を楽しめるため、カップルやファミリーを中心に人気のスポットとなったが、ルート66が地図から消えたのと同じ1985年に閉鎖される。

これは廃線によって売上が低下したというよりも、ドライブインシアター全体の衰退だろう。夜間しか営業できないことや地価の上昇、家庭用ビデオの普及が進むなどの要因が重なって、1970年代に入ると少しずつ姿を消していった。

ただし66ドライブインは1998年に復活を遂げ、今も金土日と週3日間の限定ではあるが営業中だ。残念ながら入場して映画を観た経験こそないものの、メンテナンスが行なわれている様子は何度も目撃している。近代アメリカを象徴する貴重な文化遺産のひとつとして、ルート66の旅人や地域住民の娯楽として存続を願ってやまない。

■「ルート66旅」連載記事一覧はこちら

モバイルバージョンを終了