小さなクラシック・フェラーリF1マシン、でも価値は小さくない?
クラシックカー/コレクターズカーのオークション業界における世界最大手であるRMサザビーズ。2023年8月下旬に開催した「Monterey 2023」オークションに出品された、1/2サイズのフェラーリ「312T2」について、お話しさせていただきたい。
ニキ・ラウダの世界タイトル獲得を記念して作られたジュニアカーとは?
「チルドレンズ・カー」ないしは「ジュニアカー」は、しばしば呼ばれる「キッズカー」よりは、少しだけ対象年齢が高めのものを指していう言葉のようだ。これらのモデルの一部には、モデルとなる「ホンモノ」のクルマの再現度や作り込みの精巧さなど、子ども用のおもちゃの領域をはるかに凌駕し、コレクターズアイテムないしはアート作品のレベルに達したものも少なくない。
そして、これらのチルドレンズ・カーだけを蒐集するコレクターは欧米には数多く存在するばかりか、専門のミュージアムもいくつか設立されており、国際オークションでは重要なアイテムとして取引されているのだ。
今回のオークションに出品されたジュニアカーは、1976-77年シーズンにF1GPを闘った、フェラーリ312T2を小型化したものである。
1974年シーズンから、フェラーリF1チームに正式加入したニキ・ラウダは、翌1975年シーズンに312Tを駆り、フェラーリにとっては11年ぶりとなるドライバーズ・チャンピオンに輝いた。これを記念して、ボローニャの「ItalyCar」社は1/2スケールのフェラーリ312 T2ジュニアカーを製作することになった。
もともとこのジュニアカーは、ItalyCar社の経営者が自身の小さな娘のために開発したものだったとのこと。そして彼は、スクーデリア・フェラーリの主要サプライヤーに多くのアイテムの1/2スケール版を供給してもらうことになった。MOMO社製ステアリングホイールからグッドイヤー社製スリックタイヤまで、フェラーリF1チームが使用したものの縮小版が採用されている。
さらにItalyCar社は、このジュニアカーのシリーズ生産化に乗り出し、ニキ・ラウダとフェラーリ312T2が2度目の世界タイトルを獲得した1977年のボローニャ・モーターショーにて初披露された。
ショー会場に招かれたニキ・ラウダは、自身のチャンピオンマシンの縮小版をひと目で気に入り、自分の息子のためにオーダーしたものの、悲しいことにItalyCar社の親会社が破産してしまったことから、わずか5台しか販売されなかったといわれる。
ホンモノのクルマが買えてしまう価格の理由とは?
当然のことながら、この1/2スケールモデルカーは、フェラーリ製フラット12気筒エンジンの1/2スケールモデルを動力源とはしていない。その代わりに、はるかにシンプルでメンテナンスが容易なBCC社製2ストローク式60ccエンジンを、オリジナル312T2と同じくリアミッドに搭載。電動スターターと、前進2速と後進1速のギアボックスを組み合わせている。
また、複雑なチューブラーフレームにグラスファイバー製の取り外し可能なボディワーク、手作業で成形されたアルミ製フロント&リアウイングを装備するが、さらに印象的なのは、このジュニアカーには油圧ディスクブレーキも備えた独立サスペンションが4輪に装備されており、フロントタイヤには機能をともなうエアスクープさえ付いていることだろう。
いっぽう、コクピットは大人が乗り込むにはやや狭いスペースしかないものの、312T2と同じデザインのMOMO社製ステアリングホイールとヴェリア・ボレッティ社製のメーターが装備されている。
「展示用としても、レーシングドライバーを志す若者のトレーニング用としても理想的」。RMサザビーズ北米本社が製作した公式WEBカタログでは、そんなうたい文句とともに、3万~4万ドルのエスティメート(推定落札価格)が設定されていた。
そして8月19日に「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」で行われた競売では、エスティメートに届く3万2400ドル、すなわち日本円換算すれば約470万円で落札されるに至ったのだ。
ItalyCar社の312T2ジュニアカーは、同社が経営破綻する前に5台、そののち2台が残されたパーツを集めて完成したといわれているのだが、残存数は不明。そのため、希少価値はきわめて高い。
さらに、約半世紀も昔に作られたものとは信じがたいほどに本格的なつくり込みが、本物のクルマが買えてしまうほどの高価格に繋がったとみるべきなのだろう。
やはりチルドレンズ・カーの世界は奥が深い……、と感心させられてしまうオークション結果となったのである。