スポーツカーを標榜した2代目
76回。これは何の数字か? というと、1985年9月に登場した2代目マツダ「サバンナRX-7」(FC型)の最初に発行された全62ページの本カタログ中で、「スポーツカー」というワードがいったい何回出てくるか? と、改めて愚直に数えてみたものだ(「正」の字を記しながら慎重を期して数えたが、ダブルチェックまではしていないので、もし見落とし、数え間違いがあった場合はご容赦願いたい)。
走りと快適性を高度にバランスさせた本格スポーツカー
ご承知のとおり、1978年に初代が登場した際には、時代の空気を読んで自ら名乗らず、カタログでもスポーツカーという表現は一切使われなかった。その時とは対照的に2代目では反動というべきか、思う存分にこれでもか……とスポーツカーのワードが、かように使われていたのだった。
「この国にスポーツカーの市民権が、いまだ確立されていないとしたら、その責任は、私達メーカーにある。『欧米のスポーツカーがそうであるように、乗る人のステイタスになりうるようなスポーツカーを造ろう』ニューRX-7の開発プロジェクトは、そこから出発した」
「私達は、この車を、おとなの感性をお持ちの方にお乗りいただきたいと考えている。いっさいの諸事から解放されて、本来の自分に戻れる『書斎』に身を置くように、このスポーツカーで充実の時間をお過ごしいただきたいのである。そうした使われ方がひろまっていってはじめて、スポーツカーはしっかりとこの国の大地に根づくのではないかと思うのだ」
以上の2つの文面はカタログ前半の導入部分の見開き写真に添えられたものだが、オイルやガソリンのニオイというより、ロマンティックなトーンでまとめられていたりもした。
FC型サバンナRX-7は初代に対し、走りと快適性を高度にバランスさせた本格スポーツカーへと進化した点が特徴だった。スタイリングは「ミドルクラスの本格スポーツカーにふさわしいスポーティ感、ダイナミック感、車格感をそなえること」(発表当時の広報資料より)をテーマに作られた。
ボディ一体バンパーやブリスターフェンダー(とはいえ全幅は1690mmだった)などを用い、太いBピラーとエアロバックウインドウ(初代はよりキャノピー風だった)は初代のデザイン要素を進化させたもの。ドアもプレスドアが採用された。空気抵抗係数(Cd値)は0.32(エアロキット付きで0.30)を達成していた。