ランチアの作った、もっとも美しいラリーカー
1980年代中盤のWRC(世界ラリー選手権)は「狂瀾のグループB時代」と呼ばれる。最少生産台数200台という条件のもと、ラリーで勝つことのみを目的としたマシンたちが激闘を繰り広げた恐るべき時代には、各自動車メーカーがそれぞれの英知を結集し、200台+αのホモロゲート用車両を生産。それらは今でもコレクターズアイテムとして愛好家を魅了し続けている。この2023年8月、北米カリフォルニア州モントレーにて、そんなグループBマシンたちが同時出品されるオークションが実現した。それがRMサザビーズの「Monterey 2023」の特別企画「The World Rally Classics Collection」である。バラエティに富んだ出品車両の中から、今回はランチア「037ラリー」のストラダーレ版をご紹介しよう。
グループB時代の初代のチャンピオンマシン、037ラリーとは?
037ラリーが唯一最大の目的としていたのは、今も昔も大人気を誇り、とくに当時はメーカーの存亡も左右した「世界ラリー選手権(WRC)」。1982年から施行されることになったFIAスポーツ規約「グループB」は、参加を希望する自動車メーカーが連続した1年間に200台を生産すれば、純然たる競技車両であってもホモロゲートを受けることができる。
そこでランチアと開発を主導したアバルトは、既存のミッドシップ2座スポーツカー「ベータ モンテカルロ」をすでに実績のあるメカニズムで再構成することで、新たな社内コード「SE037」の名のもとラリーマシンに仕立て直すことにした。
なみいるグループBラリーカーの中でも群を抜いて美しいといわれるボディデザインは、ベースモデルたるモンテカルロと同じく名門ピニンファリーナによるもの。モンテカルロのセンターモノコック前後に鋼管製のサブフレームを組み上げ、そのサブフレームに各メカニカルパーツと新規デザインの専用カウルを組み合わせる成り立ちとされた。
さらにシャシー開発には、イタリアのスーパーカーおよびレーシングカーのレジェンド、ジャンパオロ・ダラーラ氏の率いる「ダラーラ・アウトモービリ」社が密接に関与したとされている。
そしてパワーユニットは、「ランプレーディ・エンジン」と呼ばれる2Lの直列4気筒DOHC 16バルブ。この時期の高性能車では、すでにターボ過給がトレンドとなっていたのだが、絶対的パワーよりもレスポンスを重視して「コンプレッソーレ・ヴォルメトリコ」と称するルーツ式スーパーチャージャーが組み合わされることになった。
かくして、ランチアとアバルト、そしてピニンファリーナ。3社の歴史的コラボレーションによる037ラリーは1982年4月のトリノ・ショーにて「ランチア・ラリー」の正式名とともにワールドプレミア。発表とほぼ時を同じくして、FIAホモロゲート取得に必要とされる200台の量産も開始されていた。
そして、グループB規定でのフルエントリーが開始された1983年シーズン。この年の初戦モンテカルロにて、037ラリーはさっそく輝かしい1-2フィニッシュを果たす。さらにワークスチーム「ランチア・スクアドラ・コルセ」が擁する037ラリーは、このシーズンに宿敵アウディUrクアトロとの熾烈なタイトル争いを展開。その高い信頼性とドライバビリティを武器に、伝説のグループBが年間チャンピオンシップの最上クラスとして完全規定された最初のシーズンで、WRC製造者部門タイトルをみごとに獲得して見せたのだ。
ランチア ラリーはストラダーレでも評価が高いのはなぜ?
RMサザビーズ「Monterey 2023」の特別企画「The World Rally Classics Collection」から出品されたランチア037ラリーは、最終的には217台が製作された同モデルの22台目にあたる。
イタリアでランチアについて編まれた「クロノロジコ(Cronologico:年代表)」にも記録されているが、シャシーナンバー#022は1984年5月24日にプレート番号「PA 733158」で、シチリア州パレルモのフランチェスコ・ピオ・ビニャルディによって初めて登録された。
ビニャルディは、1980年代初頭まで「ランチアHFストラトス」をラリーで走らせた人物。彼のファミリーともどもイタリアのラリー界ではよく知られた存在ながら、#022はロードゴーイング仕様のままとされ、ラリーなどの競技に使用されることはなかった。
2005年にボローニャ在住のカルロ・プンジェッティがこの個体を購入するが、公道走行用として登録されることはなく、彼のほかのコレクションとともに倉庫に保管されたままとされていた。
そして2015年、このランチア ラリーはドイツに売却され、そののち2019年に、今回のオークション出品者に譲渡されることになる。
現在に至るまでシャシーナンバー#022はレストアを受けていないにもかかわらず、全体的に良好なコンディションを保っている。公式オークションカタログ作成時の走行距離はわずか3300kmで、現存する最も走行距離の少ない個体のひとつであることは間違いない。
くわえて、イタリア時代のものを含めたドキュメント類も完備していることから、RMサザビーズでは「慎重に保存された状態の重要なグループBホモロゲーション・スペシャルを入手する貴重なチャンス」とのうたい文句とともに、60万ドル~75万ドル(約8840万円〜1億1050万円)という強気のエスティメート(推定落札価格)を設定した。
そして迎えたオークションでは65万4000ドル、つまり日本円換算で約9670万円という驚きの高価格で落札されるに至ったのだ。
たしかに今回の出品車両は、ノンレストア+低走行でコンディションも良好ということで、価格が上昇する条件が整っていたことは言うまでもあるまい。しかし、ランチア037ラリーの現在のマーケットにおける評価は、もとよりほかのグループBカーよりも高い。
それは「ランチア」と「アバルト」、「ダラーラ」、そして「ピニンファリーナ」という、イタリア車愛好家にとってはキラーコンテンツとも言えそうな4つの要素が結集していることが大きな要因となっていることにくわえて、フォードのグループBカー「RS200」と「もっとも美しいグループBラリーカー」の座を争う、ルックス上の魅力が絶大な影響を及ぼしているのもまた、間違いのない事実と思うのである。