マルティーニ6 vs ジアッラ! インテグラーレ対決を追う
ランチア「デルタHFインテグラーレ」と言えば、「ヤングタイマー」と呼ばれる1980〜90年代のネオ・クラシックカーの中でも、格別の人気を誇るモデル。そして、国際マーケットにおける相場価格が近年になって一気に高騰してしまったことでも知られている。今回はRMサザビーズ社が2023年8月中旬に、カリフォルニア州モントレー市内で開催した「Monterey」オークションに出品された2台の限定版「エヴォルツィオーネ」を俎上に乗せ、そのあらましとオークション結果についてお話しさせていただきたい。
「大きなデルタ」と呼ばれた、HFインテグラーレの進化形
デルタHFインテグラーレは、FIA「グループA」規約で闘われることになった世界ラリー選手権(WRC)制覇を目指して、ランチアと旧アバルト技術陣が開発したスーパーウェポン。コンパクトハッチバック車であるデルタの車体に、2Lの直4 DOHCターボエンジンとフルタイム4WDシステムを押し込んだこのモデルは、当初「デルタHF4WD」として1987年に正式発売および実戦投入され、デビューシーズンからWRCを制覇する。
また翌1988年にはエンジンをさらにチューンするとともに、ブリスターフェンダーを与えた「インテグラーレ」に進化。翌1989年にはエンジンを気筒当たり4バルブ化した「インテグラーレ16V」と、ラリーの実戦における戦闘力アップを図るために次々と進化を繰り返し、1990年シーズンまでは圧倒的な戦果を見せつけた。
ところが、ワークスチーム「ランチア・スクアドラ・コルセ」としてのエントリー最後の年となった1991年シーズンは、4年連続となるシリーズタイトルこそ獲得したものの、トヨタ「セリカGT-Four」に代表される日本のライバルたちに苦戦を強いられてしまう。
そこで、ランチアがセミワークスの「ジョリー・クラブ」を擁して闘うことになった1992年シーズンに向けて、事実上のフルチェンジというに相応しい大規模なモディファイ作業を施した「エヴォルツィオーネ(エボリューション)」を生産することになった。
ここでも開発を担当したのは、アバルトの技術陣である。パワーユニットは排気系やターボチャージャーの見直しで16Vから10ps増しの210psに。サスペンションはアームの取り付け位置から変えられてストロークの大幅アップを図った。
またボディについても、前後ブリスターフェンダーの大幅な拡大にエアインテークが盛大に開けられたバンパー、リアの大型スポイラーを装着するなど、より実戦的なものとされた。
アバルト内部では「SE050」の開発ナンバー、ないしは「デルトーネ(Deltone:大きなデルタ)」と呼ばれたデルタHFインテグラーレ。メーカー側の正式な車名としては「16V」の名称が消えたものの、一般的には「エヴォルツィオーネ」の名で呼ばれることになった最終型デルタは、みごと1992年のコンストラクターズ(製造者部門)タイトルを獲得し、WRCの6シーズンに有終の美を飾った。
さらに、翌1993年に登場する最終型「エヴォルツィオーネII」は、グループAでのラリー参戦こそなかっが、この期におよんで燃料噴射がシーケンシャル化され、本国でも触媒が標準化されながらも、エヴォルツィオーネから5psアップの215psをマークした。
くわえて、アロイホイールもエヴォルツィオーネIと同じ基本デザインながら、15インチから16インチに大径化され、アピアランス上の迫力をさらに増している。
世界限定310台のマルティーニ6
ランチアは1992年のWRCシーズン終了後、6年連続のコンストラクターズタイトルを記念した「マルティーニ6」を発表、310台を限定生産した。前年の「マルティーニ5」と同じく、HFインテグラーレ・エヴォルツィオーネをベースとするマルティーニ6は、ラリーを象徴するカラーリングで飾られていた。
ルーフ後部には大きなランチアのロゴ、リアスポイラーには「Martini Racing」の文字をあしらうことで、ラリーマシンを再現。テールゲートには 「World Rally Champion」のバッジと、デルタによる世界タイトル獲得数を示す数字の「6」があしらわれている。
室内では、レカロシートとインテリアトリムがチームカラーのアルカンターラで仕上げられる。またカーボンファイバー製のトリムがシフトレバーの基部に取り付けられ、その直下には、限定シリアルナンバー入りのプレートが飾られている。
メカニカル面ではデルタHFエヴォルツィオーネと共通であり、結果として本国仕様では触媒を持たないインテグラーレの最終モデルとなった。またギアのリンケージには、ラリーカー譲りのテフロンブッシュが標準装備されている。
今回のオークションに出品された1992年式マルティーニ6は、シリアルナンバー272。1992年12月に、イタリア国内の初代オーナーに新車として引き渡された個体である。
ブルーのアルカンターラ生地シートとダッシュボードのランチアブランドのクラリオン・ステレオの磨耗の少なさが示すように、このクルマは長年にわたって大切にされてきた。驚くべきことに、ドア内張りを保護するビニールカバーは一度も取り外されていない。
今回のオークション出品にあたり「ランチア・マルティーニ」の収納袋つきカーカバーやジャッキ、緊急用の三角停止版などが付属された。さらにドキュメントファイル内には、生産時の原産地証明書が内包される。
限定310台の「ジアッラ」
いっぽうの「ジアッラ」は、エヴォルツィオーネIIの最終期に設定されたリミテッドエディションのひとつ。イタリア語で「黄色」を示すネーミングのとおり、鮮やかなイエローに塗られたエクステリアと、黄色いステッチ入りのダークグレー・アルカンターラ張りのレカロシートが特徴で、わずか220台が生産された。現在全世界で流通しているデルタHFインテグラーレの多くと同様、もともとは日本国内へとデリバリーされたこの個体は、2014年末にイギリスに輸出され、その後6年間を英国で過ごした。
そして2020年7月14日にコネチカット州グリニッジの専門業者によって輸入・販売されたが、イギリス時代と現在のアメリカにおいても手あついメンテナンスを受けてきたことが判明している。このモデルでは必須とされるタイミングベルトは然るべき時期に交換され、そのほかの補器類や消耗品もひんぱんに交換されてきた。最近では2022年に、2度目となるエンジンを降ろしたサービスを受けている。
また、オークション公式カタログ作成時のオドメーターは約8万2000kmを指しているものの、これは欧米の常識では低走行車とされる数値である。
歴代デルタHFインテグラーレの中でも、最終進化版であるエヴォルツィオーネIIの人気は格別。2000年代初頭には300~400万円の売り物が普通に流通していたのが、2010年代終盤以降には軒並み1000万円以上。限定モデルならば2000万円超えのプライスも珍しくはなくなっている。
そんな状況のもと、エヴォルツィオーネIベースのマルティーニ6は、13万ドル~17万ドルのエスティメート(推定落札価格)が設定されたものの、一歩届かない11万7000ドル。日本円に換算すれば約1710万円で落札された。
もういっぽうのエヴォルツィオーネIIジアッラは、10万ドル~15万ドルというエスティメートに対して、12万6000ドル。つまり約1850万円でハンマーが落とされることになった。
いずれの落札価格も、ここ数年のインテグラーレ・エヴォルツィオーネの限定モデルとしては比較的リーズナブルなものながら、ジアッラにより高値がついたのは、もとより人気の高いエヴォIIベースであること、そしてデルタ界ではコンディション面で評価の高い、日本デリバリー車両であったことも理由として考えられよう。