ランチア ハイエナ ザガートって、どんなクルマ?
この8月、北米カリフォルニア州モントレーにてRMサザビーズ北米本社が開催した「Monterey 2023」オークションにおける目玉企画となった「The World Rally Classics Collection」では、WRC6連覇を達成した歴史的名車「ランチア・デルタHFインテグラーレ」のホモロゲーション用ストラダーレ(市販ロードカー)も複数が出品された。その中には、デルタHFから派生した超レアなスポーツカー「ランチア・ハイエナ・ザガート」の姿もあった。
芸術家のアイデアから生まれ、24台のみが生産されたスーパースポーツ
ランチア ハイエナ ザガートは、1980〜90年代ランチアの最高傑作とも称される「デルタHFインテグラーレ」をベースとする。その起源は、イタリアでは非常に名を知られていた芸術家ナーニ・テデスキ(Nani Tedeschi)の描いた、躍動する猛獣ハイエナがクーペに「モーフィング」してゆくかのごときスケッチに端を発したものとされる。
このスケッチに感銘を受けた、オランダのランチア正規代理店「ルッソ・サービス・オランド(Lusso Service Holland)」の経営者ポール・コートは、アンドレア・ザガート会長との協議の席をセッティング。テデスキ氏のスケッチに示された獰猛なスタイルのクーペを、ザガートのマネージメントのもとに具現化することになったという。
こうしてザガート主導のプロジェクトとなったハイエナは、日本では「エヴォルツィオーネ」のペットネームも添えられた当時最新のデルタHFインテグラーレから、そのプラットフォームを流用。全長4mにも満たないコンパクトなボディは、アルミニウムに一部複合樹脂製パーツも併用したものであった。
ザガート所属のスタイリスト、マルコ・ペドラチーニによって具体化されたスタイリングは1950年代末の「フィアット・アバルト750GTザガート」を思わせる、イタリア製ベルリネッタの魅力を体現。そのいっぽうで、インテリアはダッシュパネルからコンソール、ドアのインナーパネルに至るまで現代的な総カーボンファイバーで構成され、オリジナルのデルタ対比で150kgの減量を図ると謳われていた。
また、エンジンについても点火系およびインジェクション、バルブタイミング、フューエルプレッシャー、ターボのブースト圧を変更。スタンダードでも250ps、顧客の要望によっては300psまでチューンも可能とされ、本格的なライトウエイトスポーツを目指した。
ハイエナ・ザガートは1992年1月の「ブリュッセル・モーターショー」にてデビュー。一説によると、ザガートではアルファロメオES30系「SZ/RZ」に次ぐビッグプロジェクトとなることを期待して、ランチアとともに500台の生産を可能とする体制構築に務めていたとされる。
しかし、ランチアが属するフィアット・グループの支援が期待していた規模のものとはならなかったことから、生産計画は大幅に縮小。結果としてワールドプレミア時のリリースでは「ザガート生誕75周年を記念して75台の製作予定」と発表された。
さらに不運なことに、インテリアを構成するカーボンファイバーの製造過程にもトラブルが発生したことから、結局24台がラインアウトしたに留まったといわれる。ただし、同時代のV8フェラーリにも匹敵するプライスが敬遠されてしまったのか、オーダーは予想以上に少なく、24台で断念せざるを得なかったのが実情とする見方もあるようだ。
ちなみにわが国においても、当時ザガートの日本総代理店を名乗っていた「ザガート・ジャパン」が1580万円の正札で販売。3台のハイエナが正規輸入されたといわれている。
約3630万円は高いか安いか?
今回「Monterey」オークションに出品されたハイエナ・ザガートは総生産台数24台のうち18台目に製造された個体。ノースヨークシャー州ノースアラートンの指定代理店「ウォーカーズ・ガレージ」によって2001年に英国に輸入されるまで、未登録・未走行のままイタリアで保管されていた。
もともとは、赤のボディとコントラストをなすブラックの内装で仕上げられたこのハイエナは、ようやく2002年4月に最初のオーナーに納車。その後19年間、初代オーナーのもとにあった。この間の走行距離は3万kmにも満たなかったが、2006年にトリノで開催されたランチア100周年記念式典にも出品されたほか、「Auto Italia」、「Viva Lancia」などの出版物にも登場していた。
2021年後半、この個体は今回のオークション出品者が入手。すぐにイタリアのウディーネにある有名なランチア・デルタのスペシャリスト、「イタリア・モータースポーツ・プルッシーニ」社にフルレストアが依頼された。プルッシーニに課せられた任務は、このクルマを究極のハイエナへとアップグレードすることであり、そのタスクは12カ月をかけてみごと達成されることになる。
このとき実施された作業には、完全なストリップダウンの上にオリジナルペイントを総剥離。「グリジオ・アロイ」への再塗装が含まれている。また、限定生産されたデルタHFインテグラーレ「マルティーニ6」に使用されたものと同じターコイズブルーのアルカンターラによるフルトリムが施された。
いっぽう、メカニカルパートではエンジンのECUが再マッピングされ、スタンダード仕様のハイエナの250psから320psへとパワーアップ。また、グループA仕様のデルタHFインテグラーレのラリーカーがWRCの戦場で奏でていた豪快なサウンドを再現するために、特注のエキゾーストシステムも取りつけられ、サスペンションとブレーキもパフォーマンス向上のために改良された。
レストア作業が完成したのちの走行距離はわずか100kmほどと短いものの、その間には完璧なパフォーマンスを発揮したと報告されている。
絶妙にレストアされたこのハイエナは、パワフルなスペックやセンスの良い仕立てに加え、現在に至るまでのオーナーは2名に過ぎないことが証明されている。
さらに特筆すべきは、この希少かつ重要なモデルが米国で販売される最初の例であるということである。この点についても確たる自信を得ていた現オーナーとRMサザビーズ北米本社は、30万ドル〜40万ドルという強気のエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
ところが、実際の競売では思ったほどにビッド(入札)が進まず、エスティメート下限にも届かない24万6400ドルで落札されるに終わった。これは日本円に換算すると約3630万円というけっこうな高価格にも映るが、言ってしまえば円安のせいというのが大きい。そのいっぽうで近年のハイエナ・ザガートの販売実績を検証してみると、今回の落札価格は決して安価に過ぎるものでもないことがわかる。
それゆえに、レストアとモディファイに高額の投資をしたとしても、それが販売価格として直接反映されるものでもないことを示す、一つの例のようにも感じられたのだ。