ギリギリを楽しむツライチ
ここ10年ほど、日本各地でスタンス系のイベントが数多く開催されている。それに合わせて色々な用語が生まれているが、そもそも「ツライチ」ってなに? そしてこのカルチャーはどうやって誕生したの? という疑問を抱いたことはないだろうか。じつは、ツライチの発祥は日本で、独特のカスタム文化から生まれたのだ。そこで日本のみならず、アメリカで使われるカスタム用語にも触れつつ「ツライチ」について、深掘りしてみよう。
日本に昔から存在した車高やオフセットを表現する言葉
かつて、日本のカスタムカー業界で足まわりを表現する言葉は決して多くなかった。まずは車高を表す言葉としては「車高短」「ノーサス」「着地」あたりがポピュラーだろう。
車高を下げた車両全般を表す「車高短」に対して、バネを外してバンプラバーだけで走行することを「ノーサス」という。「着地」とはエアサスペンションを全下げしてフレームやボディが地面に接触することを指す。その他、エアサスペンションで車高調整ができる車両に対して、サスペンションのみで低さを極めた足まわりを「生足(なまあし)」などという場合も多い。
そこで足まわりには車高だけでなく、ホイールのオフセット具合を表現する言葉がある。それらは「ツライチ」「ツラウチ」「ハミタイ」なんて用語が一般的だ。
アメリカでは長年ツラウチが常識だった
そこでちょっとわかりにくいオフセット具合を説明する用語をあらためて確認してみよう。まずポピュラーな「ツライチ」を説明するためには、「ツラウチ」を説明する必要がある。これはフェンダーのツラ(面)に対してタイヤの縁が内側にある状態を指す。これならサスペンションがストロークした際にフェンダー内側にタイヤが収まるためサ、スペンションがストロークしても問題はない。これが「ツラウチ」の状態だ。
ちなみにアメ車のショーカーの世界では長年この状態がかっこよいとされてきて、英語では「tuck」(「しまい込む」という意味)が該当し、和製英語では「インリップ(in lip)」という言葉も使われている。ちなみに「インリップ」の「リップ」とはホイールリムの縁を指し、リップがフェンダーの内側に入っている状態を表している。逆にフェンダーからタイヤがはみ出している状態を日本では「ハミタイ」と呼び、和製英語で「アウトリップ(out lip)」とも呼ぶ。この理由はなんとなく想像できるだろう。
日本でいう「ツライチ」を英語で表現すると?
ツラウチ状態からタイヤを外に出していくと、ツラとタイヤが同一面、つまりピッタリの状態となる。この状態が「ツライチ」だ。カスタムカーの世界では見た目の迫力のため、フェンダーギリギリまでトレッドを広げた状態。当然フェンダーとタイヤの縁がツライチとなるので、サスペンションがストロークするとフェンダーに当たってしまう。そんなギリギリを楽しむのがツライチというわけだ。
このツライチ状態は、日本独特のカスタム文化で、1990年代に日本車をベースとしたスポコン(スポーツコンパクト)ブームがアメリカで人気となると、このツライチ文化もアメリカに渡ることとなる。
この状態を単純に英語にしたのが「flush」(「同一平面上の」という意味)で、これを大げさにスラングで表現した「Hell of a flush」(超〜ピッタリ!)から「Hellaflush(ヘラフラッシュ)」という言葉が生まれたのだ。この言葉は瞬く間にポピュラーになり、日本にも輸入され、「ヘラフラ」という言葉が日本でも使われるようになった。つまり「ツライチ」が太平洋を往復した結果、「ヘラフラ」になったというわけだ。
最近は言葉も細分化し色々な用語が乱立中
そんな「ヘラフラ」という言葉だが、最近はあまり聞かなくなった。その一番の理由は、フェンダーとタイヤの具合を表現する言葉がここ数年でさらに細分化されてきたからだ。
最近では日本語で「ツラ具合」に該当する「fitment」や「stance」という言葉をよく聞くようになった。またホイールにタイヤを引っ張って装着し、エアサスで車高を下げるとリムの縁にちょうどフェンダーが接触するオフセットを特に「rim shot」と呼んだり、リムと引っ張ったタイヤの隙間にフェンダーがめり込むような状態を「pole stance」と呼んだりするようになった。これら用語は人によって微妙に定義が異なることもある。まさに生きた言葉なので、今後も細分化され、どんどん新しい表現が生まれていくことだろう。