リア・ロケット・ブースターは炎を噴射する
2023年8月17日~19日、RMサザビーズがアメリカ・モントレーで開催したオークションにおいてアストンマーティン「V8 リビング デイライツ」が出品された。今回はいくらで落札されたのか、同車について振り返りながらお伝えしよう。
イーオン・プロダクションズの中では、「カーナンバー10」と呼ばれている
映画ファン、とりわけ『007』シリーズのファンならば、誰もが一度は憧れるのが、さまざまなガジェット(目新しい道具や面白い小物)を装備した「ボンドカー」だろう。今回RMサザビーズのモントレー・オークションに出品された、1973年式のアストンマーティン V8サルーンもその一例だ。
このモデルは1987年に公開された『007』シリーズの第15作、『007/リビング・デイライツ』にボンドカーとして使用されたもので、ボンド役のティモシー・ダルトンにとっては、この作品が記念すべき第1作となった。
実際に、『007/リビング・デイライツ』で使用されたボンドカーは4台。ほかの3台は現在も大切に長期保存されており、オークション市場に姿を現す可能性は低い。撮影にはほかに7台のグラスファイバー製の小道具も使用されたというが、それらはすべて撮影の中で破壊され、現在残るのは前でも触れたとおり4台のV8サルーンのみ。製作を担当したイーオン・プロダクションズの中では、「カーナンバー10」と呼ばれていたのが、この出品車である。
この映画の中でとくに印象的なのは、オーストリアで撮影された(舞台はソビエト連邦という設定だったが)、凍った湖までをも走る山岳チェイスのシーン。これは1964年公開の『007/ゴールドフィンガー』でのチェイスに対する明らかなオマージュだが、アストマーティンV8サルーンに搭載されるガジェットは、もちろん最新のものにアップデートされていた。
クルマの側面から現れるスキーや後部のロケットブースターなどはその一例。その製作期間が1年半にも及ぶため、アストンマーティンはイーオン・プロダクションズに新車での撮影車両の供給ができず、製作チームは中古車市場でベース車を調達し改造を施した。
取り外し可能なスキーがボディシルに取り付けられる
シリアルナンバー「10596/RCA」が打刻されたボンド・カーのベース車は、保管されている英国自動車産業トラストの証明書によると、1973年10月27日にアストンマーティンによって完成され、翌年8月31日にアストンマーティン・ディーラーのプラウ・モーターズ社にデリバリーされた記録がある。ボディカラーはチューダー・グリーン・メタリック。フューエル・インジェクションとオートマチック・ギアボックスを備えるイギリス仕様のモデルである。
イーオン・プロダクションズがそれを入手したのは1986年のこと。そしてグラスファイバーによるリアのボディワークやキャブレター仕様のボンネット、最新のホイールに新しいカラーコンビネーションなど、新型モデルと同じように改造された。
取り外し可能なスキーがボディシルに取り付けられ、撮影中の安全性を確保するためにロールケージが、さらにその下には厚みのあるスチール製のスキッドプレートも装備されている。映画の最終シーンではダウンヒルで雪山に突っ込むシナリオであったため、エンジンやトランスミッションは取り外されたが、それらは現在ではすべて元通りに修復されている。
撮影終了後、このV8サルーンは『007/ゴールデンアイ』で使用された「DB5」とともに、イギリスの著名な007コレクター、ピーター・ネルソン氏に売却された。氏は2021年までコレクションとしてそれを静態保存していたが、のちにこのモデルをアメリカの愛好家に売却。新たなオーナーはそれをオンロードへと戻すために本格的なオーバーホールを行い、ガジェット用のスイッチや自爆スイッチなども、そのままセンターコンソールに再現されている。
ダミーのリア・ロケット・ブースターも、きちんと炎を噴射するように改造されているそうだ。Qのガジェットを装備した本物のボンド・カー、アストンマーティン V8サルーン。残念ながら今回は落札者が現れなかったが、RMサザビーズでは140万ドル〜180万ドル(邦貨換算約2億300万円〜2億6100万円)という価格を基本的なラインとして、購入者を今も探している。