一度乗ったらもう降りられない? ハイドロ・シトロエンの魔力
シトロエン乗りって、やはり変わった人が多いのか? そんな都市伝説を検証するために2023年9月17日(日)、飛騨・高山で行われた「シトロエニスト ランデブー オーナーズ フェスティバル2023」で、オーナーたちの生態に迫ってみる迫真ルポ。第3回は神奈川県は湘南地区で、学習塾で高校生に物理を教えているという永野然次さんと愛車の「CX」を紹介しよう。
父の代からシトロエンを愛用
永野さんの愛車は1987年式CX 25 Gtiだ。シトロエンクラブ日本で事務も担当しているほど、シトロエンには長年どっぷり。今回、高山の公式イベントでもシトロエンの旧ロゴのキャップに、シトロエン・スポールのシャツという出で立ちだった。しかも愛車のCXシリーズ2自体は佇まいごと綺麗。会場で他のエントラントからもしょっちゅう質問されたり声をかけられたり。にこやかにハキハキと答えている様子は、お仕事が塾の講師だそうで、なるほどと納得した。
「もともとは鹿児島出身で、父がBXを20年かけて3台、乗り継いできたような家だったんです。妹夫婦は今、C5ツアラーに乗っています」
それはもう、骨の髄までハイドロ・シトロエンの独特の乗り味が染みているというか、身体にLMH(ハイドロ用の油圧作動油)が流れていそうな。関東地方の国立大学に進学してクルマが必要な環境になり、永野さん自身、免許をとって初めて買ったクルマはスズキ「アルト」だったそうだ。
「でもやはりシトロエンが欲しくなって、AXのTRSで試乗車あがりの個体がちょうどあったんです」
学生のくせに生意気だな、と親父さんにはいわれたそうだが、やはり心中は嬉しかったのだろう、保証人になってくれたそうだ。3年ほど乗って、やはりハイドロが欲しくなってBXに。1.9LのTRIだった。
「でもこれが、残念ながらちょっと調子の悪いクルマで、1年少々で手放しました。というのも、同じBXで探していたら最終仕様のレザーシート限定の新古車が見つかって。こちらは調子よくて、6、7年ぐらい乗っていましたね」
西武自動車もののCXは絶好調をキープ
並行して、AX、BXと乗り継いだ分、同時代のラインナップでフラッグシップモデルであるCX、あるいはオリジナルのDSといったビッグ・シトロエンにも憧れは募っていった。
「そうしたら2002年のある日、ヤフオクでこのCX 25 GTiが出てきたんです。しかも湘南地区、家の近所で。前オーナーさんはご結婚されてお子さんができたことで、一生乗るつもりだったこのCXを仕方なく手放すところだったんですよ。しかも彼は、このCXに乗る以前は、ぼくが乗っていたのと同じ仕様、同じ色のBX TZIに乗られていたんです。これは何かのご縁だと思うぐらい。初期ヤフオクの出来事だったとはいえ、本当に恵まれていました」
もともと、京都にあったアウトパラスというCX専門店で扱っていた個体で、前オーナーさんが2オーナー目、つまり永野さんは3人目のオーナーとなる。西武自動車が販売元だった頃のディーラー車で、整備記録簿も新車時からまるっと残っていた。
「ぼくが9万9000kmちょっとで引き取ってから、今は21年が経って、23万7000kmを超えました。フレンチブルーミーティングには毎年、通っています」
遠出だけではなく、近場でちょっとした用を済ませたり、普段の移動から永野さんはCXに乗っているとか。
「足グルマを別にもう1台、用意していたことはありませんね。つねにシトロエンをファーストカーで、1台体制でした。とはいえ新しいシトロエンにも興味はありますよ。新旧それぞれの良さってありますから。だから今日のイベントでは、C5Xの試乗も予約しています」
そういって、豪快に笑う。それでも、ヤングタイマーからもうクラシックに移行しつつある車種だし、壊れたり路上で止まって苦い思いをしたことは?
「もちろんゼロじゃないですけど、対策にも慣れてきました。それに近所に元西武自動車の仕事をしていた工場があって、当時から経験豊かなメカニックが今も現役でいます。もし危なっかしい箇所があったら、海外通販したパーツをもち込んでは直してもらっています」
そういいながら、見せてもらったエンジンルーム内は、外観と同様、この年式からは想像もできなかったほど綺麗。LMHは当然、ひと回り以上は直してやったことで絶好調だ。
「プラグコードは、まだホントに替えたばかりですね。CDIはウルトラにして、オルタネーターも替えてからそんなに経ってないですね」
つまり、突然死とか不調が出そうな箇所は重点的に、先回りして対策できるだけの経験が、もうあるという状態なのだ。時間を経るほどに、人車一体の感覚がクルマを降りた時にも強まってしまうのが、さすがシトロエンといったところか。だから乗って走らせている時は、さらに楽しさが待っているのだろう。
ハイドロのギミックと極上のシートからは逃れられない
独特のメーターパネルまわりのスイッチを鮮やかに操作して見せながら、永野さんはインテリアで初期型よりもシリーズ2だからこその、お気に入りディテールを教えてくれた。
「車高調整する機構は、ハイドロのシトロエンでお約束のものですが、このCXのシリーズ2だけはレバーではなく、シフトコンソールより前方のダッシュボード根元にある、スライドスイッチになっているんですよ。あとドアノブが、ドアハンドルの裏に完全に見えないように隠されているのも初期型とはデザインの異なるところ。そのまま握るだけで指が当たるはずなんですけど、初めて乗るとたいていの人が降りられないですよね(笑)」
降りられない、もうひとつの理由はアンコの柔らかい快適無比のシート。このシートであの乗り心地を味わって、気持ちいいと感じてしまったら、それはもう蟻地獄の始まりというわけだ。
そんなCXの魅力に憑りつかれ、永野さんは実車以外のアイテムも多々収集している。整備マニュアル各種やカタログといった紙アイテムだけでなく、圧巻はリアボードの上、ワイヤースケルトンモデルだ。
「すべてスクラッチで作ってくれるんです。ヘッドライトなんかは本物のガラスを溶かして成型されていますよ。制作に2年待ちましたけど、作ってもらうだけの価値があると思います」
これがノレブの1/18スケール、しかも実車と同色ボディカラーのミニチュアとともに並べられているのだから、観る者の想像力をかき立ててくれる。実際、水や空気をひとつの回路の中に閉じ込めることで、作用や反発を利して懸架装置として用いるのが、ハイドロプニューマティックの原理でもある。ついつい、スピリット・オブ・ワンダーをかき立てる部分を、分かりやすく図解してくれるところが物理の先生ならではの、サービス精神なのかもしれない。
CX 25 GTiに21年以上乗り続けるナイスガイは、人生至るところにハイドロあり、仕事でもプライベートでも物理の原理を実践し続ける塾講師だった。