お高めなフェラーリF40って、お安めのF40とどこが違う?
高騰状態が恒常化している昨今の国際クラシックカー市場において、フェラーリ「F40」の相場価格はマーケットの現況と推移を知るためのバロメーターのひとつともいえる。そんな中、2023年8月に開催されたRMサザビーズ「Monterey 2023」オークションに出品された1台のF40は、現在の相場を大きく上回る価格で落札されることになった。
20世紀末を代表する名車、F40をおさらい
1987年のフランクフルト・モーターショーにて発表されたF40は、ル・マンなどのスポーツカー耐久レースに「グループB」として参戦するために開発された「288GTOエヴォルツィオーネ」が起源となった。288GTOエヴォルツィオーネは、かつてのクラシックレースでフェラーリの先達が築いた成功を再現することが期待されたが、グループB規約はWRCでの事故が相次いだため1986年シーズンをもって、終幕を余儀なくされてしまう。しかし、マラネッロのエンジニアたちはこのプロジェクトを断念するのではなく、市販ストラダーレとして続行。かくして創立40周年を記念して発表されたF40は、20世紀を代表する名車のひとつとなった。
F40は、純粋なドライビングプレジャーのために余計なものを一切排除。その精神は同時代の「328GTB」や「テスタロッサ」などよりも、往年の「250GTO」に近いものだった。ダッシュボードのフェイシアはダークグレーの難燃性クロス張りで、コックピットの表面はカーボンファイバーがむき出しのまま。インテリアのドアハンドルはなく、シートは薄い布張りで、初期の生産車両にはポリカーボネート製のスライド式サイドウインドウが設けられた。
F40は、過剰が是であるとされた1980年代に生まれながら、ほとんどマゾヒスティックなまでに簡素な仕立て。しかし「過ぎたるは及ばざるが如し」という言葉がこれほど真実だった時代もないだろう。アルミニウム、カーボンファイバー、ケブラー製パネルで覆われたこのクルマは、2450mmのホイールベースを288GTOから受け継いだが、チューブラースチール製のシャシーはブレースが追加され、以前よりも剛性が増していた。
そしてレオナルド・フィオラヴァンティが手がけた野趣あふれるボディワークは、究極の「ピットレーン・シック」。ピニンファリーナ社の風洞で磨き上げられたボディは軽量で空力効率に優れ、広大なウイングを備えたデザインは、現在でもアイコンとなっている。
そのボディの下でも、F40は公道走行の可能なレーシングカーというテーマを継承していた。288GTO用ユニットをベースに、ドライサンプ式V型8気筒32バルブエンジンは2936ccまで拡大され、IHI社製ツインターボのブーストも0.8バールから1.1バールへと引き上げられた。
当然ながら5速マニュアルのトランスアクスルを介して後輪を駆動するティーポ「F120-040」エンジンは、最高出力478psを発揮し、0-100km/h加速は4.1秒だった。また最高速度は324km/hと、この時代における地上最速のクルマとして君臨しながらも、現代のようなドライバーの技量不足を支えるシステムなどは皆無であった。
F40は生産期間中にいくつかの変更が加えられたが、そのほとんどは安全性と排ガスへの懸念によるもの。最も重要な変更点のひとつは、革新的だが時に厄介なトラブルの発生源となることもあったセルフレベリング・サスペンションシステムがオプションで追加され、ドライバーが車高を調整できるようになったこと。そしてもうひとつの変更は、排ガス規制に対応するための触媒コンバーター(Catalyzer)の追加だった。
アジャスタブル・サスペンションと触媒コンバーターを装備していないF40は、英語圏では「Non Cat、Non Adjust」と呼ばれ、ピュアなハンドリングとパワーダウンのないエンジンが、現在のマーケットにおいても高く評価されている。
「ノン・キャット、ノン・アジャスト」とは?
この夏、RMサザビーズ「Monterey 2023」オークションに出品されたフェラーリF40、シャシーナンバー#84116は、新車時からひとりのエンスージアストによって所有されてきた、非常に望ましい「ノン・キャット、ノン・アジャスト」のヨーロッパ仕様車である。
このF40は、ファーストオーナーの膨大なコレクションに新車として納められたのち、数十年にわたり人目に触れることはほとんどなかった。1990年代には彼の自宅である中国に輸送され、フェラーリ製スーパーカーとしては初めて中国に持ち込まれることになる。
そして約6年前にアメリカに送られるまでは、ごくたまに走行に供されただけで、ずっと中国の某所に秘匿されていたという。2016年に正規代理店「フェラーリ福建デンカー」が作成したサービスインボイスによると、当時のオドメーターは885kmを指していた。
厳重な保管を解かれ、2022年に晴れて米国へと正式入国したF40は、カリフォルニア州ロングビーチのノルベルト・ホーファー氏が開く「グラン・ツーリング・クラシックス」によって、大規模なメカニカルパートのトラブルシューティングが施されることになる。
この時のチェックでは、数日間の作業によって走行可能な状態にはなった。しかし、安全な状態で道路に復帰するために「なにが必要か?」を判断するため、徹底的な点検が行われた結果。数カ月にわたる整備が着手されることになる。
このフルメンテナンスの費用は6万ドルを超え、その際の記録簿は車両とともに保管されている。中国からの到着時には老朽化したオリジナルのタイヤが装着されていたが、こちらももちろん安全上の理由から交換された。
そしてこの個体でもっとも特筆すべきは、ほとんどのF40では見られない魅力的なオリジナルの要素が随所に見られることだろう。工場で検査されたときのオリジナルの円形の青いステッカーが4つのホイールに貼られたままであり、カーボンの織り目が薄い塗装の間から見える。パネルにはさまざまなボディナンバーと製造年月日が確認でき、アクセルペダル横のキックプレートには白い純正プラスチックフィルムが貼られたままである。カーボンシートの底には1989年8月31日と手書きの日付が記されている。
公式オークションカタログ作成時の調査によると、現在このシャシーナンバー#84116の走行距離は、わずか932kmを示していた。
2023年4月に整備が完了したのち、「フェラーリ・ニューポート・ビーチ」に送られ、そこでフェラーリ・クラシケ認定のための入念な検査が行われた。オークションカタログ作成時点では、フェラーリ本社へのクラシケ申請書を提出し、現在審査を受けているとのことだったが、この個体ならほぼ間違いなく承認されることだろう。
この稀有なF40に対して、RMサザビーズ北米本社では280万ドル~340万ドルという、昨今の同モデルの販売実績を鑑みても、かなり強気なエスティメート(推定落札価格)を設定。そして迎えたオークションでは330万5000ドル、つまり現在の日本円に換算すれば約4億8540万円という、ここ数年に販売されたF40のなかでも記録的な価格でハンマーを落とされることになったのだ。
たしかに、これほど走行距離の少ないシングルオーナーのF40を購入できる機会は、極めて稀なことであるのは間違いあるまい。
「ノン・キャット、ノン・アジャスト」の望ましい1台として、F40のもっとも純粋なバージョンで、しかもオリジナル度の高いコンディションを求めるコレクターにとってはまさしく理想的な出品車……、というRMサザビーズのうたい文句は、間違いなく購入希望者の心を大きく動かしたのであろう。