ロータリーエンジンの可能性をあきらめなかった
マツダがロータリーエンジン搭載車の販売を停止したのは2012年のことだった。その最後のモデルは「SE3P型RX-8」。コスモスポーツに搭載された10A型ののち、12A型や13A型、13B型と進化してきたロータリーエンジンの火が消えてしまったことは、その当時は大きな話題となった。しかしマツダは試作エンジンである16Xの開発を続けるなど、ロータリーエンジンの可能性をあきらめたわけではなかった。そこから生まれてきたのが、2023年9月に発表された「MX-30 ロータリーEV」である。このロータリーエンジンについて解説する。
830ccの排気量を持つ1ローター式
「MX-30 ロータリーEV」に搭載されているのは、発電機を回すための専用ロータリーエンジン「8C-PH型」だ。830ccの排気量を持つ1ローター式。これまでのロータリーエンジン搭載車とは違って、エンジンを駆動力としては使用していない。ではなぜ、発電機を回すためにロータリーエンジンを、わざわざ新開発までして使ったのだろうか。たとえば日産の「e-POWER」のように、レシプロエンジンでもよかったのではないか。
しかしロータリーエンジンには、レシプロエンジンにはないメリットがあるのだ。もちろん、デメリットもあるからこそ、一時は表舞台から消えることになった。ではそもそも、ロータリーエンジンというのはどんなものなのか。
一般的にいうロータリーエンジンは、ドイツ人のフェリクス・ヴァンケル氏が発明した三角おむすび型のローターを持つものを表している。昔の航空機で採用されていた、星形配置のシリンダー自体が回転するエンジンもロータリーエンジンと呼ばれるが、これはすでに一般的ではない。
ヴァンケル氏が考案したロータリーエンジンは、おむすび型のローターが回転することでパワーを得る、というものだ。ローターが収まっているハウジングには吸気や排気のポートが開けられているが、これは回転するローター自体で開け閉めがコントロールされるため、レシプロエンジンのようにバルブやカムでポートの開閉を制御する必要がない。さらに、レシプロエンジンでは上下動するピストンの動きを回転運動へと変える必要があるが、ロータリーエンジンは回転しているローターの力をそのままとり出せばいいので無駄が少ない。
エンジン自体の大きさがコンパクトに
こういったことからロータリーエンジンは、レシプロエンジンと比べたとき、エンジン自体の大きさがコンパクトになる。もちろん構成部品も少ないので重量も軽い。もっというと、出力軸1回転あたりで考えたときの燃焼回数は、レシプロの4ストロークエンジンと比べた場合2倍となるため、同じ排気量でも出力が高くなるといったいい点がある。
そこでいろいろなメーカーがロータリーエンジンの実用化を目指した。日本のメーカーに限っても、トヨタや日産も手掛けたし、スズキはロータリーエンジンを搭載したオートバイを、輸出専用品としてだが市販化している。
しかし最終的にロータリーエンジンを、耐久性も含めて実用レベルにまで熟成させたのは、マツダだけだった。そこには大変な苦労があったことはよく知られている。では、ロータリーエンジンの短所はどんなものなのか。
低回転でトルクが薄くなってしまう
まず大きな短所は、回転するローターの動きを利用して吸気をおこなうため、低回転時では吸気効率が悪く、そのぶん低回転でのトルクが薄くなってしまいがち、という点だ。さらに、圧縮した混合気を爆発させた力でローターを回すということは、必然的に燃焼室が移動をする、ということでもあるので、熱効率が悪くなってしまうのだ。燃焼室の形状もローターのカタチに依存するので偏平で表面積が大きく、それも熱効率という部分では弱点となる。これは燃費が悪くなる原因のひとつだ。
また燃焼室が動いていくことから、吸気ポート寄りのほうが燃焼しづらいために、排気ガスがクリーンになりづらい。ローターとハウジングのシール精度と潤滑性を確保するためにどうしてもオイル消費量が多めになる、というのも、排ガスのクリーンさという部分では不利だ。
しかしマツダは、そういった問題をひとつひとつクリアしながら、排ガス規制にも対応したロータリーエンジンをつくり続けてきた。そして今回デビューしたのが「8C-PH型」である。この1ローターエンジンは、発電機用としてつくられていて、駆動用ではない。そのため、もっとも効率のいい一定の回転数で回し続ければいいことから、適切なポート形状や燃料噴射料を設定しやすい。駆動用の場合には、アイドリング回転数から8000rpm以上までを考えなければならないが、発電機を回すだけなら回転数は上下しないほうがいいので、これまではわかっていてもできなかった高効率化を実現しやすいのだ。
軽量コンパクトが活きてくる
そうなってくるとロータリーエンジンが持つ、軽量コンパクト、という部分が活きてくることとなる。「MX-30 ロータリーEV」が発電機とエンジンを同軸上に配置できたのも、そのコンパクトさがあったからだ。ただ、懸念点がないわけではない。まだ試乗できていないのでなんともいえないが、1ローターということから振動は気になる。
ロータリーエンジンは、レシプロエンジンでいうところのクランクがエキセントリックシャフトにあたり、これはクランクシャフトよりも偏心が小さいので振動自体は小さいのだが、それでもまったく振動しないというわけではない。だから駆動用として使っているときには2ローターを基本として振動を打ち消していた。それが今回は1ローター。はたしてその部分はどのように対処をしているのか。
また、発電機を回すためにエンジンを動かしているとき、つまりハイブリッドモード時のWLTCモード燃費は15.6km/Lと、それほどいいわけではない。もちろんEVモードが基本であり、ハイブリッドモードは充電容量が減ったときのみに使用するモードだし、燃料タンク容量も51Lあるので、航続距離はかなり長いのだろうが、実際に使用したときのことはいまはまだわからない。
とはいえ、この時代にあえて新型ロータリーエンジンをつくり、搭載してきたマツダの本気度は評価したいと思う。そしてもし可能であるならば、粗悪な燃料でも動かすことができるというロータリーエンジンのメリットを活かした、カーボンニュートラル燃料対応エンジンを搭載した、ロータリーエンジンで駆動するクルマに乗ってみたい。9000rpmまで滑らかに回っていくあのフィーリングは、レシプロエンジンとはまったく違うもの。そういう感性を持った人間が次第にいなくなっちゃうだろうから、できれば早めにお願いします。